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素人だから言えることもある

任天堂がWiiで映像配信を始める理由(ホームサーバの戦い・第32章)

 現在、任天堂Wiiチャンネルで「みんなのシアターWii」という映像配信サービスをしている。任天堂は、以前からXbox360やPS3のようなHDを使った重厚長大路線はとらず、ゲームに特化した路線をとっていくと表明していたはずだ。しかし、「みんなのシアターWii」を見る限り、現在のPS3の映像配信タイトルより、ますますノンゲームに近づいている。結局、路線は違っていても、任天堂もまた「ホームサーバの戦い」の一員であったのではないか。今回は、先月発売された「任天堂“驚き”を生む方程式」(井上理著/日本経済新聞出版社)より、その真相を探ってみたい。

ロクヨンの失敗

 任天堂もかつては、重厚長大の最先端を走っていた。1996年発売のNINTENDO64がそうだ。
 当時のスーパーコンピュータ並みのグラフィックス処理能力を有したロクヨンは、3次元での複雑な動きなどを強みとし、映像の美しさはライバルのPSを圧倒するものだった。「ゲームが変わる、ロクヨンが変える」というキャッチに相応しい出来、自在に視点を変えることが可能で、刻一刻と変わる世界観は、ゲーム業界の関係者に驚きを与え、新たなゲームの登場を予感させた。だが、この性能が仇になる。

(中略)

 性能を追い求め、究極のハードを目指したロクヨンは、任天堂自身のソフト開発者すらも苦しめた。ロクヨンの発売時、1996年6月に任天堂が開発して販売できたソフトはわずか2本。最初の年末商戦まで、その後の半年間も2本しか用意できなかった。ソフト開発者の要求レベルが高すぎたことの証左である。(井上理著「任天堂“驚き”を生む方程式」日本経済新聞出版社)

 もうひとつ見えてきたものがある。「ハードは売れるがソフトは売れない」という現実だ。ゲームのライバル同士の進化の争いが、結局ゲーマーを減らしているのではないか。任天堂の岩田社長は、ロクヨン・ゲームキューブの失敗を通じで考え始めた。
我々は声が大きくてゲームをいっぱい買ってくれる人の姿をつい見てしまう。そこに合わせたモノづくりをどんどんした結果、ゲームをやる人が減っているのではないか」(井上理著「任天堂“驚き”を生む方程式」日本経済新聞出版社)

お母さんに嫌われないゲーム機〜Wiiの発想

 Wiiのネット配信「Wiiウェア」(ホームサーバの戦い・第12章)の中で、宮本茂氏のインタビューを引用した。
Engadget:なるほど。でも考えようによってはDSもポータブルHDデバイスみたいなものといえませんか。もうひとつ画面があることで表示面積が増えて、新しいゲームプレイが広がったと。だからHDゲーム機もただグラフィックが細かくなっただけではなくて、増えた解像度で別の情報を表示するような使い方があるんじゃないでしょうか。


宮本:そういうことはあるでしょうね。でもとりあえず、まずインタフェイス含めたダイナミックな変化というものが必要で、それはなぜかというと、いまのゲーム機は、ゲーム機であるがゆえに遊ばないって人がたくさんいるんですね。世の中には

もっと高精細なテレビでマルチスクリーン化していろいろ使ってということもそれはそれとして有効なんでしょうけども、そういうことをやってもゲームが複雑だからとか、ゲーム機やコントローラが邪魔になるから部屋に置かないで欲しいとか思っている人はたぶん戻ってこないですね。もっと大勢の人がゲームを興味を持ってくれるようになれば、また画面の性能とかそういったものが重要な要素に戻ってくるんですけど、いまはそれ以前のところで、大きなお客さんを逃していってるのがゲーム産業の一番大きな課題だと思っています。(Engadget&Joystiq 宮本茂インタビュー)

 この「ゲーム機やコントローラが邪魔になるから部屋に置かないで欲しい」と思っているのは、おそらく母親であろう。岩田社長は、
「子供がテレビゲームで遊んだ後、コントローラーが片付けられていないのを見て、お母さんがきーっとなっているとか、家には既に複数のゲーム機があって、お母さんはもう1台もいらないと思っているとか、とにかくゲーム機は邪険に思われていたんです。だから、家族の誰からも嫌われないようにしないと、ゲーム人口の拡大なんかできっこないというのが、まずありました」

お母さんは高性能に喜ばない。だから、技術を基点とする設計は意味がない。では、お母さんは何を嫌い、何に喜ぶのか。お母さんのご機嫌を基点とする発想が、Wiiを特徴付けていく。(井上理著「任天堂“驚き”を生む方程式」日本経済新聞出版社)

 極端に小さな本体、テレビリモコンにそっくりなコントローラー。Wiiのこの特徴ならばお母さんは喜ぶ。本体が小さく目立たなければ、ゲーム機であっても気にならない。テレビリモコンそっくりであれば、テーブルに置いたままでも目立たない。

ゲーム離れが怖い

 それでも、ゲームに興味がなくなったときはどうするのか。結局、押入れにしまわれてしまうのではないか。そこで岩田社長は、次にこんなメモをスタッフに書いた。
Wiiはテレビにチャンネルを増やすような機械にしたい

細切れの時間をいつでもどこでも使える携帯型ゲーム機に比べ、据え置き型には毎日電源を入れてもらう強い動機がいる。脳トレやニンテンドッグスといったゲーム機をやらない人でも楽しめるソフトも当然作るが、それだけでは足りない。


テレビは家族全員の共有物。みんなで見る番組があれば、子供だけが見る番組もある。見たい番組が重なれば、チャンネル争いも起きる。同じようにWiiも、家族全員に関係があり、毎日誰かが見たくなるようなチャンネルの1つでありたい。それこそが、据え置き型の存在意義なのではないか。(井上理著「任天堂“驚き”を生む方程式」日本経済新聞出版社)

 任天堂スタッフがそのメモを元にして開発したのが「Wiiチャンネル」であった。そして、冒頭の「みんなのシアターWii」もその延長線だ。だが、この映像配信を手がけているのは、「富士ソフト」という任天堂とはまったく別の会社である。
 任天堂は単なる映像配信は手がけない。が、ゲーム的な要素が絡んだ映像配信であれば、自ら乗り出すし、他社が手がけるのであれば、単なる映像配信だってカラオケだって認める。ネット上で展開されているすべてのサービスについて、同様のことが言える。

 つまり、それが実用ではなく娯楽と捉えられるものであれば、ビデオゲームの敵にならないことであれば、どんなサービスも、どんなコンテンツもWiiの商材と成り得るのだ。岩田は言う。

「僕らは既に、ゲームというものが何なんだということに関して、あまり狭く考える必要はないんじゃないかというところに話がきている。何か人間が入力して、何か返ってきて面白かったら、それは僕らの仕事としていいじゃないですか」

(中略)

「別に僕はリビングルームの覇権を狙って、それで大儲けしようと考えてWiiを作ったわけじゃないんです。そうじゃなくて誰の敵にもならない箱を作ったら、いやぁ、リビングの覇権も付いてくるかもしれないみたいなものになった。リビングの覇権は目的じゃないんですよ。だけど、気づいたらゲリラ的に、覇権を握るのに一番近いところにいるのかもしれない」(井上理著「任天堂“驚き”を生む方程式」日本経済新聞出版社)

やがて3機種マルチソフトの時代が来る?

 Wiiの映像配信は当然ながら、SD画質である。それは、WiiがHD対応でないからだが。しかし、2年後日本もアナログが廃止され、すべての番組がHD化される。そういうときに、1機種のみSD画質の映像配信が許されるであろうか。当然ながら、そのころは、HD対応のWiiが検討されることになる。そうなると、今まで、Xbox360とPS3のマルチ化していたソフト会社がXbox360・PS3・Wii HD(仮名)の同一ソフトマルチ化を狙ってくるであろう。それには、Wiiリモコン対応ではなく、クラシックコントローラ対応のもので。

 一方で、今年のE3でXbox360・PS3のモーションコントローラが明らかになった。それは何を意味するか。Wii独自のソフトを出してきたサードパーティが、WiiだけでなくXbox360・PS3向けにも同じタイトルを作れる可能性ができたということになる。再び、ゲーム業界戦国時代の始まりである。
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