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素人だから言えることもある

アップル・ソニー・任天堂のテレビとの距離感(ホームサーバの戦い・第54章)


トルネとWiiの間とゲーム機稼働率


 3月18日にPS3の周辺機器である地デジレコーダーのトルネが発売され、発売初週に6万2000台を売り上げた。一部の電気店ではいまだに品切れだという。そもそも、ゲーム機であるのになぜ地デジレコーダーを売るのか。それは、任天堂Wiiの間チャンネルを提供しているとの同じ意味がある。それは「任天堂がWiiで映像配信を始める理由(ホームサーバの戦い・第32章) 」で任天堂の岩田社長のこんな言葉を引用した。



Wiiはテレビにチャンネルを増やすような機械にしたい
細切れの時間をいつでもどこでも使える携帯型ゲーム機に比べ、据え置き型には毎日電源を入れてもらう強い動機がいる。脳トレやニンテンドッグスといったゲーム機をやらない人でも楽しめるソフトも当然作るが、それだけでは足りない。
テレビは家族全員の共有物。みんなで見る番組があれば、子供だけが見る番組もある。見たい番組が重なれば、チャンネル争いも起きる。同じようにWiiも、家族全員に関係があり、毎日誰かが見たくなるようなチャンネルの1つでありたい。それこそが、据え置き型の存在意義なのではないか。(井上理著「任天堂“驚き”を生む方程式」日本経済新聞出版社)


 ゲーム機というのは、本来、ゲームソフトを入れる箱である。そのゲームが面白ければ、ゲーム機の稼働率は上がるが、面白くなければ稼働率は下がってしまう。ソフトを入れなくても、ゲーム機に電源を入れてくれる仕掛けを考えなければならないのだ。ただ、任天堂とソニーの違いは、任天堂があくまでもWiiの稼働率を上げることにあったが、SCEのトルネはPS3発売の当初から計画にあったという。



 テレビ機能をPS3に、という意味では、torneは“世界初”のものではない。SCEヨーロッパでは、2008年秋にテレビ録画用の拡張機器「PlayTV」が発売されている。そのためtorneも“PlayTVの日本版”と言われることも多い。だが渋谷氏は、明確に「その辺は正直あまり関係ない」と否定する。それどころか、torneに続く構想は、PS3のハード企画が始まった頃から存在した、というのだ。

渋谷:そもそも、PS3の開発当初、企画の段階から、「テレビの上でいろんなエンターテインメントを」ということで、「テレビを」という話が、久多良木の作ったコンセプトの中にありました。もちろん当時は、裏でPSXをやっている最中であった、ということもあるのですが。あとはタイミングの問題で、PS3が普及していく中で「やろう」という話になっていったのです。

 torneの開発リーダーを務めたのは、ソフトウエアプラットフォーム開発部 2課 1グループの石塚健作氏。縣氏の下で、PS3のBDプレイヤーやSACDプレーヤーなどの開発を担当した人物である。

石塚:最初のコンセプトというのは、「PS3でとにかくテレビが見たいんだ」というものです。
 実は私は、ソニーのAV部門から出向してきているのですが、ずっと「AV機器で快適な操作性を実現できたら楽しいはずだ」と考えてきました。その観点で、PS3のBDプレーヤー機能やSACDプレーヤー機能を作ってきたのですが、今回も目的は同じです。


:はじめに、どんなハードがいるのか、USBにハードを繋いだらどうなるんだろうとか、そういう検討から始めました。さらに、ソフト的に番組表を作ったらどのくらいのスピードが出るのか、とか、そういう検証をしていったわけです。

石塚:実は、PS3の最初のローンチ時、CEATECで展示をした時にも、私は、縣や渋谷とともに、会場で説明員として参加していました。その際、多くのお客様が「これで録画はできないんですか?」と聞かれたんですよ。HDDが入っているということで、「録画ができる」、と思われたんでしょうね。ですから、エンターテインメントとして録画のニーズがある、というのは当初からわかっていました。
 あとはタイミングですね。日本でこれだけのものを作った時にこれくらいのコストで作れて、買っていただける、というタイミングになった、ということです。また、2008年になり、日本でPC用の外付け地デジチューナが解禁された、ということは大きいです。

 石塚氏が言うように、2008年5月までARIBの運用ルールでは、地デジ録画機器は「メーカーから録画機器として出荷された製品」のみに限られていた。これは主に「PC用の増設チューナからの違法コピー」を危惧しての策であったが、厳しすぎる上に地デジ普及を阻害する要因となっていたため、2008年5月よりルールは緩和され、「適切な著作権保護ルールを守っていれば、外付け機器の製造販売も可能とする」方向に改められた。PS3はもちろんPCとは違うが、「外付け機器を売れない」という意味では、同じ問題を抱えていたわけである。 (西田宗千佳の— RandomTracking — 「torne」開発チームは「SCEオールスターズ」! 〜PS3用地デジチューナ「torne」インタビュー〜 )


 PS3が単なるゲーム機ではなく、久夛良木氏の言う「エンタテイメントコンピュータ」であるという点がトルネという周辺機器に如実に現れている。僕は、「任天堂とソニーの15年戦争(ホームサーバの戦い・第41章)」で、やはり西田宗千佳氏の、「美学vs.実利「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史」で、スーパーファミコンにCDROMドライブを接続する「プレイステーション」の話を書いていたが、実はそんな頃からこの構想があった事を引用している。



 その頃から、久夛良木は、映像や音、テキストなどすべてのデータを処理できる「エンターテイメント・コンピュータ」の可能性を夢みていた。コンピュータが進化していけば、文字だけでなく、音声・映像を扱うようになるということは、コンピュータを扱うエンジニアにとって、自明のことであった。だが、当時のパソコンの性能では、久夛良木が望むようなコンピュータの役割を果たすことは難しかった。パソコンに期待できない以上、もっとも可能性の高いジャンルはどこか……。
 久夛良木が目をつけていたのはゲーム機であった。ゲーム機とパソコンは違うもののように思えるが、マクロ的な視点に立てば、どちらもコンピュータであることに違いはない。ゲーム機は映像表示に関してはパソコンよりも高い性能をすでに持っていた。そして何よりも大きな理由は、ゲーム機がすでにリビングに「あった」ことだスーパーファミコン時代となり、テレビの周辺にゲーム機がある家庭が珍しくなくなっていた。こうした環境は「久夛良木にとってのコンピュータ」がまさに狙うところにあったからである。(西田 宗千佳著「美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史」講談社BIZ)


 もちろん、任天堂とソニーの立場の違いという意味もあるに違いない。ソニーがテレビや録画機を手がけているのに対し、任天堂の技術はゲーム機に特化されている。したがって発想がゲーム機の稼働率を上げるためにならざるを得ないのはやむをえない。一方、久夛良木氏の構想する「エンターテイメント・コンピュータ」としてのPS3は、単なるゲーム機というより映画や音楽やビデオまであらゆるデジタルコンテンツを包含していた。その意味では、アップルのiPadの構想に近い部分もある。


Wiiのブルーオーシャンが消えるとき


 PS3は、テレビというディスプレイが必要である。もちろん、ソニーがテレビを作っているからでもあるが、一方、アップルや任天堂はテレビを作っていない。任天堂が据え置き機を作っている限りは、どうしてもテレビに依存しなければならない。そうなると、テレビがHD化すると、それにあわせて据え置き機も対応せざるを得ないことになる。一方、DSのような携帯ゲーム機なら、任天堂の思うようなゲームを作ることができる。


 また、Wiiのリモコンと秋に発売されるPS3のモーションコントローラPlaystation Moveが発売されると、システムがまったく違うにも関わらず、素人目には同じような機能であり、それならより高画質な方がいいということになりかねない。いわば、Wiiの持っていたブルーオーシャンレッドオーシャンに変わる事を意味する。ブルーオーシャンについて、「ものづくりは人づくり」でこう引用した。



競合他社と価格や機能で血みどろの戦いを繰り広げなければならない既存市場を「レッド・オーシャン(赤い海)」,競争自体がない未開拓の市場を「ブルー・オーシャン(青い海)」と呼んでいる。(「他社とは違う土俵で勝つ」ためのブルー・オーシャン戦略)


 そして、特に任天堂はこの戦略構想を書いた『ブルー・オーシャン戦略』(ランダムハウス講談社)を参考にしてWiiを開発した。その作者チャン・キム氏はWiiについてこう言う。



 任天堂が、新型ゲーム機「Wii(ウィー)」の企画・開発に当たってブルー・オーシャン戦略を適用したのは興味深い事例だと考えている任天堂は、社内でチームを作り、私の本を読んで、自分たちで解釈して実践してくれたようだ。私は理論家として、このことをとても誇りに思う。
 Wiiは「非顧客」を顧客化した典型的な事例だ。これまでゲームであまり遊ばなかった小さい子どもや大人にも満足してもらえるゲームを出すことで、ブルー・オーシャン(新市場)を開拓した。
 任天堂も(Wiiの前世代の)「ゲームキューブ」を発売したときは、ソニーやマイクロソフトとの激しい競争の中で、レッド・オーシャンにおぼれそうになっていた。任天堂を含むどの企業も、ゲーム機の主要な顧客を10代後半だと考え、この層を満足させるために、画像処理の性能など機能面で競争してきた。
 任天堂は、「なぜもっとほかの層にゲームで遊んでもらえないのか」と自らを問い直した。複雑になりすぎたゲームではなく、もっと簡単で操作を覚えやすいゲームを作れないかと考えた。そこで、「Wiiリモコン」を開発。ゴルフやテニスなどの手の「動き」という新しい要素を「付け加える」ことで、新たな市場を創出した。(「Wii」を生んだブルー・オーシャン戦略とは?)


 単純にWiiをHD化してレッド・オーシャンに飛び込むか、それとも携帯機に特化してブルー・オーシャンに専念するか。3DS構想は、新たなブルー・オーシャンへの道なのかもしれない。


アップルはテレビ市場参入に関心がない


 CNET Japanにこんな記事があった。



 はっきりとしたのは、Apple TVはまだ趣味にとどまっているということだAppleはこのことを明確にしてきたが、軽視していると言っているのではない。Cook氏は、パーソナルコンピュータ、MP3プレーヤー、電話機といったほかのビジネスを考えれば、すべて巨大な市場だと述べる。実際、Apple TVは非常に小さい市場だ。現時点では。同氏は文字通り、いったん間を置いてから「現時点では」と言った。同氏によると、Apple TVは前年に比べて台数ベースで35%伸びたという。Appleは今もApple TVに関心を持っており、2009年にはユーザーインターフェースの改良まで行った。なぜか。Appleの本能の内にあるものが、そこには何かがあると告げているからだ。しかし、現在のところ、Apple TVの市場参入モデルはかなり変わっている。Cook氏は、この市場参入モデルはテレビにつながるだろうと言いながら、Appleは「テレビ市場に参入することには全く関心がない」という。(アップルはコンシューマー志向のモバイルデバイス企業--COOクック氏が語る方向性)


 またこんな記事もある。



 iPadに対して、HDMI出力ポートの採用や、Flashのサポート、複数のアプリを同時に走らせることを口うるさく求める人たちのことを、Appleはどうやら気にかけていないようだiPhoneで取り外しのできないバッテリを採用し、MacBookからFireWireを取り除き、光沢画面を標準にして、我が道を行っているのとまったく同様だ。AppleiPadで対象としているのは、ブラウザの標準にこだわるようなマニアたちではなく、その母親たち、つまり、次に飛行機に乗るときに、電子書籍をカラーで読んだり、電子メールをチェックしたり、「グレイズ・アナトミー」を見たりできればよいと思うような人たちだ。(「iPad」はパズルの最後の1ピース--アップルが挑むメディアとモバイルの融合)


 つまり、アップルはマニア向けではなく、よりごく一般のライトユーザー向けにiPadを作ったことになる。iPadがテレビにつながないのは初めから想定されていたのだろう。iPadの目的が



映像・画像・音楽・書籍・ゲームなどのあらゆるコンテンツがデジタル化され、同時に通信コストが急激に下がる中、その手のコンテンツを制作・流通・消費するシーンで使われるデバイスやツールは、従来のアナログなものとは全く異なるソフトウェア技術を駆使したデジタルなものになる。アップルはそこに必要なIP・ソフトウェア・デバイス・サービス・ソリューションを提供するデジタル時代の覇者となる」(アップルの30年ロードマップ)(アップルのホームサーバ計画(ホームサーバの戦い・第43章))


であるとするならば、結局テレビに依存したデバイスではなく、単独で何も接続せずシンプルな形を求めていたというのが正解なのだ。


 さて、ソニーはSCE、SME、SPEなどコンテンツ産業を多く抱えている。そのため、どうしても、著作権問題に気を使わなければならず、それぞれの子会社がバラバラな動きをしたりして無駄が多かった。それは「イノベーションのジレンマ」とソニーでこう書いている。



 ウォークマンは、カセットレコーダーから録音機能を除き、ステレオ機能とヘッドホンをつけるというアイデアから始まった。これは、創業者井深氏の特注であった。世界中にブレイクし、ウォークマン以外のほかのメーカーは偽者扱いされたほどだ。
 ところが、アップルのiPodがブレイクするとソニーは後追いすることすら難しかった。それは、ベータ事件でソフトの大切さを学んだために、SMEを抱えており、著作権問題に対応しなければ製品開発ができなかったからだ。巨大企業になれば、どれほどアイデアが優れていても目配りが必要になってくる。(「イノベーションのジレンマ」とソニー)


 アップルはその点、大胆な企画が可能になる。一方、ソニーは様々な企業を抱えているために、それぞれの企業に仕事を与えなくてはならない。現在、新興国を交えてレッド・オーシャンになってしまったテレビ市場にアップルが参入する意味はどこにもない。iPadでブルー・オーシャンを優雅に漂うだけである。


追記


 ソニーのネットワーク強化の意味するもの(ホームサーバの戦い・第53章)で、SNEに対する疑問を投げかけたが、やはりSNEは作られたという記事があった。それは日経ビジネスオンラインの記事である。平井一夫EVP兼SCE社長のインタビュー記事「ネットワークに賭ける未来」である。なお、ソニーオンラインサービスはSOSでなくてSOLSとなっている。



—— コンテンツへの取り組みはソニーが先行してきましたが、各社もキャッチアップしてきています。脅威を感じませんか。

 平井 当然のことながら競争は激化しますが、ソニーには強みがあります。グループ全体での戦略の中でプレイステーションネットワーク(PSN)を活用できることです。PSNのアカウント数は約4000万。液晶テレビのブラビア向けにSOLSがスタートした瞬間、このアカウント数がすでにサービスに登録されていることになります。
 そして36カ国、22通貨、12言語に対応していることも大きい。SOLSはこの基盤を活用して、3月からまずは米国や日本、英国、ドイツなど6カ国に向けてテレビやパソコン向けに順次サービスを始める予定です。
 どの地域でもなるべく早い段階で展開する考えですが、コンテンツについては地域特性を考慮します。例えば今、日本においてPSNの映像配信はアニメ中心でやっています。米国はテレビ番組やハリウッド映画などから始めました。あと半年とか1年したら、日本でも多くの機器向けのサービスとコンテンツが揃ってきているはずです。
 ネットワークに特化したソニー・ネットワークエンタテインメントという新会社も作りました。SOLSやPSNのサービス運営からコンテンツ獲得交渉まで、オペレーション全般を担当します。(「ネットワークに賭ける未来」)


 予想通り、SNEはソニー・ネットワークエンタテインメントの略称だった。


追記2 タイトルを修正しました


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