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素人だから言えることもある

孫氏の理想と夏野氏の悲嘆(孫正義VS池田信夫「光の道」対談(夏野剛司会)を読む)

なぜ、孫vs 池田が孫vs 夏野に?

 ソフトバンクの孫正義氏の「光の道」対談シリーズ第二弾、前回のITジャーナリストの佐々木俊尚氏に続き、経済学者の池田信夫氏だった。なお、佐々木氏との対談については、ジョブズ氏と孫氏の2015年・クラウド革命の違いはどこにあるか(ホームサーバの戦い・第62章) で触れている。今回は、リアルタイムで視聴できなかったので、書き起こし文章をざっと流し読みしただけである。それでも、孫氏と池田氏の対談というよりも、司会である夏野氏との対談の様相に見えてきてならない。

 たとえば次の箇所である。

:おっしゃるとおりですね。だから日本の産業構造を変えるためには、僕は3つあると思っていまして、ひとつはインフラそのものが、たとえば5年後を目標にレベルアップしなくてはいけない。50年に1回のパラダイムシフトしなくてはいけない。
利活用としての、クラウドだとかあるいは規制の緩和のところをやっていかなきゃいけない。端末を含めて。3番目が実は一番大切なんですけども、それを使いこなせる人間の……

池田:あるいは組織のね。
:人間は実は、子どもからやるのが一番早かったりすると。日本が20年間もう停滞しているわけです。GDP横ばいがもう20年続いている。もし20年前に10歳の子どもをIT教育、性根を入れてやってたら、いまちょうど30歳になっていて、まさに働き盛りですよ。ようするにネバートゥーレイト(never too late, 遅すぎることはない)ですけども、まさにIT義務教育の世界に変えて、電子教育100%にして、そして子どもたちがもう見よう見まねで使っているうちにITとはなんぞや、とういうものが日本語をしゃべるように、普通の日常の言葉をしゃべるように、ITのことが身に自然としみこんでくるということが教育をしていかなきゃいけないということだと思うんですね。
夏野:いま、孫さんがおっしゃっていた3つのポイントは重要だと思うんですけども、よく見て行くとインフラ、光の道の光回線とりあえず90%まで来ていますよね。
:インフラの近くまで。家までは来ていない。
夏野:それは加入者が加入しないという問題なんで。次の問題で利活用なんですけども、ここは、明らかに海外に比べて遅れている。もちろん、コンシューマ系のサービスは進んでいるんだけど、特に産業系のサービスと、特に行政系のサービスのIT化は極めて遅れている。ここはそういう意味じゃ50%くらい。で、人間組織で言うと、もう孫さんもお子さんもそうだと思いますけど、30くらいだと使えますよね。教育していないのに話せるんだから、教育すれば、もっと使えこなせると僕もアグリーするんですけど。ただ、これも割と進んできているとすれば、2番目の産業の利活用と、3番目の人間組織の年齢層の高い方、これをどうするかということをくっつけて光の道を話した方がいいんじゃないかという印象を今日受けたんですよ。
:それでね、今日僕は本当に思うのは、iPadってね、いままでパソコンなんていやだっていっていた、89歳のおばあちゃんとかが、iPadなら突然、「あ、これなら私も使えると」ぴゅっぴゅっぴゅっぴゅっ触りまくっているわけですね。
 孫氏は、ここでiPadが老若男女に使える事を強調する。
夏野:ただ問題はですね、いまのiPadもやはりPC接続が原則になっているので。PCにつないじゃうと……
AndroidiPad的なヤツはPCを前提にしてないようなものもこれから出てくるでしょうし、iPadでもスティーブ・ジョブズは当然、いまから何年か先にはPCはもうほとんど人がいらない。Wi-Fiが十分速度を持った、あるいは、光になった、という時代がくれば、直接iPad自身がもうPCを超える能力を持つようになってくる
夏野:そうですね。ただ、いまはまだ実現していないです。
もう一つ、やっぱり、かなり最初にやったのは、ちょっと私も手前味噌なんですが携帯だと思うんです。携帯は、PCの知識がなくても、インターネットにアクセスすることを実現し、いま国内で約1兆円くらいのデジタルコンテンツが携帯でなっているんですが、日本はガラパゴスといわれますが、そこまでいっているんですが。これ、やっぱり総務省さんのビジネスモデルの介入で、非常に日本からこういう新しい携帯が出て来なくなっちゃいましたね。こういうことを一方でやっているとですね、せっかく、光の道で孫さんがおっしゃっているような、あるいは大臣がおっしゃっているようなことも、利活用と、人に対してのやさしいインターフェイスも国内もなかなか出てこないという、さらに難しい。ここどうしたらいいでしょうかね。
:これは両方だと思うんですよ。結局、例えば5年後を目標にして、規制も、全部どんどん改善していきましょう。利活用のための障害になっているものはなんですかということを、全部因数分解して、諦めるんじゃなくて、事をなすということのために、障害になっていることを全部リストアップして、1個1個全部潰していけばいい
だから、ちょうど5年後に、光の道が全部メタルを引き剥がす、利活用のための障害になる規制も少なくとも5年以上の議論はいらんだろう。そこを目標に、全部ビシーっとリストアップして、開かれた国民の議論をやっていくと。端末もやると。クラウドもやる。いうふうに、ネバーギブアップ。日本の将来は、そういう気持ちでやれば、絶対にできる、ということを僕は申し上げたいのです。
夏野:その具体的な解決策は、孫さんを首相にしないとダメ。(【書き起こし.com】孫正義VS池田信夫「光の道」対談(夏野剛司会)Part3)
 突然、夏野氏が孫氏を首相に祭り上げたように見えるが、それについては後段に述べる。ともかく、孫氏は常にポジティブな理想論を述べ、夏野氏は悲観論に傾いている。典型的なのは質問コーナーだ。
:ちょっと待って。私が言った内容について、1つでも具体的に「これは間違っている」ということがあったら言ってほしい。
夏野:はい。5年以内に電子カルテはできないと思います!
池田:(笑い)
夏野今の厚生労働省の人間が全部変わらない限りはできないと思います!電子教科書も5年じゃあ全世帯に行かないと思います!
:じゃあ仮に、電子教科書が5年でできなかった、電子カルテが5年でできなかった、7年かかった、10年かかったと。だったらその10年間、2600億円ずつ赤字をずっと出して、2兆6000億円もの赤字をここからさらに積み上げた方がいいとおっしゃってるんですか。
夏野:そんなことは言ってません。
:違いますよね。だから、利活用が完全にできるまではインフラはやらない、テレビが全世帯に行くまでは電力線を全世帯に引くべきではないと。そんなことを言うのはおかしい。
夏野:いやいや、そんなことは言ってない。ただ、そこまでのことも一緒に議論しないと、このままだと、
:いや、一緒には議論します。一緒に議論するけれども、利活用のすべてが満たされるまではインフラをやらないっていうのはおかしいよね。
夏野:それは、そんなことは言ってないです。
:だから、両方議論はするんだけど、片っぽができないと片っぽも止めときましょうというのでは前に進まん! ということなんです。
夏野:そうですね。おっしゃる通り。ただ、弱い。利活用の部分が
:もちろん。でも、それはそれでやるんだって。だから僕はね、無責任に言ってるわけじゃなくて、電子教科書だって600人の人々に「一緒に議論しようや!」って声をかけようとしているわけですよ。私はだからね、電子カルテも一生懸命、時間がない中でやってるんだ! ね? やらないって言ってるわけじゃなくて、みんなで議論しましょうと。
夏野:ぜひ、ぜひ、それは。厚生労働大臣文部科学大臣との後押しを
:それはそれで、具体的に5年なら5年という目標を決めて「やろうよ!」と、言ってるわけです。で、5年たつまで、じゃあインフラができてからやりましょうというのでは絶対に進まない。ということを申し上げているんですね。
夏野:その通り。だから、光の道ができただけでは、利活用は進まないと
:両方やらなきゃいけない。両方やらなきゃいけないけど、だからといってメタルの赤字をいつまでも出してるのはおかしいよね。
夏野:だから、レベルを揃えていかないとおそらくダメなんでしょう。そこをぜひ孫さんに頑張ってほしいんです。
わしゃ、頑張るよ。わしゃ、頑張るよ! 頑張るけどね、少なくともあれもこれも全部揃うまでは前に進むのは止めようということでは、絶対日本は困るよ、ということを僕は申し上げている
夏野:その通りです。それから、ここで聞いている方もそうなんですけど、ぜひこれをどんどん広めてほしい。これは光の道の話だけにとどまらず日本全体をどうするかという話だということをおっしゃっているわけだから。(【書き起こし.com】孫正義VS池田信夫「光の道」対談(夏野剛司会)Part4)
 人間には走りながら考えるタイプと、考えた後に走るタイプ。そして、考えるだけで走らないタイプがある。現在の、日本社会を作っているのは、2番目か3番目だ。孫氏は、おそらく日本では珍しい、考えながら走るタイプなのだろう。ところで、この夏野氏と孫氏の論調の差はどこからくるか。NTTでさんざんもまれてきた夏野氏は、孫氏の理想論だけではあまりにもろいと思っているに違いない。NTTの構造分離問題の話のときに、夏野氏はこんな発言をした。
:いえ、それはね。NTTのグループの中にも何万人も社員がいますから、もともと公社時代に入った方もたくさんいるわけです。それがむしろ経営陣の大半。
夏野:ていうか、あの、私以外の役員は全員、公社時代に入った方でした
:そうでしょ。ですから、公社時代の時の方というのは、むしろ日本国民に優れた通信サービス、通信回線を日本中に引きたいと高い志で入社しておられるんです。そういう方が、志高い方が絶対にNTTの組織の中にもいる。さらに、ガバナンスとして、社外役員を、相撲協会じゃないけど、社外役員を筆頭株主である日本国家、つまり日本国民が筆頭株主ですから。議論をすべきだ。(【書き起こし.com】孫正義VS池田信夫「光の道」対談(夏野剛司会)Part2)
 夏野氏以外の役員は電電公社時代の人だった。

 ところで、池田信夫氏は、この対談の前にNTT幹部を取材したという。

私も今回の討論にそなえてNTTの役員や社員に取材したのだが、みんな「まったくナンセンス」ということで一致していた。これはほとんど感情的な問題で、「通信の素人のくせに」とか「ヤクザだ」とか、NTTの社員はみんなソフトバンクが大嫌いだ。これだけインカンバントに嫌われるというのはすごい。破壊的イノベーションというのは闘いなので、持続的イノベーションの側に好かれるようではだめだ。

・・・ということで、私は孫さんの応援団なのだが、NTTの構造分離だけはいただけない。本来の意味でのstructural separationは、スタンダード石油とかAT&Tとか100年に1度ぐらいしかなく、AT&Tの場合は失敗に終わった。公開会社に全面FTTH化を義務づけるためには、NTT法で規制しなければならない(これも孫さんが同意した)。政府が義務づけておいて、失敗したら税金を投入しないというわけにはいかないだろう。ブロードバンドのようなイノベーティブな業界に、政府がこのように強く介入するのは危ない。(池田信夫blog: 「光の道」討論について)

NTTはトップを変えない限り変わらない

 ここで、僕のエントリーから、夏野氏の過去の言動を探ってみたい。それは、「iPhoneを発想できなかった日本」。夏野氏は、なぜ日本でiPhoneができなかった理由をこう言っている。
 例えば、タッチ・パネルについて日本のメーカーや携帯電話事業者がディスカッションすると「入力が難しいんじゃないか」「ユーザーが受け入れないんじゃないか」といった否定的なことを言う人が、もう9割9分なんですね。でも、キーボードがない方が間違いなくかっこいい。問題は、難しさにチャレンジする気になるか、難しさを理由にやめてしまうかです。日本のメーカーや携帯電話事業者の開発の過程を見ていると、結構、早いうちにあきらめてしまうことが多い。それは信念がないからだと私は思う。結局、従来の延長戦上で開発を進めることが多くなります。みんなで議論しないと前に進まないので、とんがった部分がなくなってしまう。

 対極にあるのがiPhoneです。私も早速iPhone 3Gを手に入れて使っているんですが、自分が企業のトップにならない限りこうしたものは作れないと痛感しました。

——Steve Jobs氏の存在は大きいんですね。

 もちろんです。彼一人だけの力ではないと思いますが、彼のぶれのなさはすごい。ある一つの方向性で開発を進めていくときに、その基軸がぶれないようにするのがリーダーの役割です。会社のリスクを懸けて開発する製品では、ぶれない「教祖」がトップでなければ会社がまとまりません

 トップは「どんな技術を採用するか」ではなく、「こうした機能が絶対必要だ」というのが重要です。つまりセンスですね。

(中略)

——なぜ作れなかったんですか。

 社長じゃなかったからですよ。こういうものを作ろうと思っても、反対が多くて一役員の立場では無理だった。かなり頑張ったんですけどね

——端末メーカーでやる気のある企業はなかったんですか。

 要は収益の負担を背負っていなければ、リスクを取れないということです。ドコモで私はiモード事業全体に関して責任を負っていました。だからこそリスクを一番取れた。一方、メーカーの開発部門の長は、リスクを取れる立場にない。納入価格を安くしたり、納入時期を守ったりすることがミッションになっています。

 メーカーにも人材はいると思います。しかし、その人がリスクを取れるポジションにいなければiPhoneのような製品は作れない。ドコモにいたときの私はiPhone規模の製品は作れなかった。(日経エレクトロニクス8月11日号「トップが信念を貫かなければ,「iPhone」は作れない」)

 夏野氏は、トップでないためにどれほどよいアイデアを持っていたとしてもそれを救い上げてくれない環境を嘆いていた。今回の対談で、池田氏や夏野氏は、盛んに孫氏にトップになる事を勧めている。
:その経営形態ということについて、私が一生懸命計算した試算、専門チームをいっぱい作って、膨大な時間をかけて調べたのがだいたい想像いただけると思うんですが。この計算根拠が正しいという前提であれば、池田さんは光の道に反対ですか、賛成ですか。
池田:それはもう、さっきと同じで、本当にこれが100%正しいと仮定すると、孫さんがご自分でおやりになってはどうですか。
:私、やりたいですよ、やれるものなら。
池田:ええ。
:だけど、ソフトバンクの経営というものがありますから、(【書き起こし.com】孫正義VS池田信夫「光の道」対談(夏野剛司会)Part2)

:だから私は、c-Japan計画(クラウドジャパン計画)ということで、5年後に電子カルテをクラウド作りましょうと、5年後までに教育用のクラウド作りましょう、5年後までに教育用の電子端末を教科書用を作りましょうと。実は電子カルテと電子教科書って同じ端末、同じiPadでできる。実は同じ端末でできて大量生産できる。こういうようなものを5年を目途にやりましょうということで、ネットワーク側もメタルから光に置き換える、クラウド側も5年後を目標に作る、それから端末側も5年後を目標に作るということで、どこかで目標ターゲットラインをきちっと決めて平行してやらなきゃいけない。

夏野:そうすると総務省だけの管轄にはなりませんので、
:おっしゃる通り。
夏野:そうすると、原口さんが光の道と言うだけでは足りなくて、なおかつ首相が言って、ほかの省庁の方々も口を揃えて言わないといけないんですが。
:どっかで目標ターゲットラインをきちっと決めて、並行してやらなきゃいけない。
夏野:そうすると、総務省だけの管轄じゃならないので……
:おっしゃるとおり。
夏野:そうすると原口さんが光の道と言ってるのだと足りなくて、首相がなおかつ、他の省庁の方も口を揃えて言わなくてはいけないんですが……
:ジャパンビジョンが必要だ。
夏野:必要ですね。
池田:そこはね、僕も夏野さんの意見にまったく賛成、孫さんとまったく意見が同じで、ようするに孫さんと僕のプレゼンが、はしなくも一致した。ようするにIT産業が実は日本の成長経済の最大のエンジンなんだよと。
:おっしゃるとおり。推進エンジン。
池田:で、なんで日本がダメになってきたかと言うと、一番大きな原因は、90年代以降の情報革命と、グローバリゼーションに日本の古い産業構造が対応出来ていない。ITは悪くない。ITは着々と孫さんの活躍もあって、日本のITはしっかりしたインフラができているんだけど、それを活用する方の企業が大昔の製造業中心の非常に古い産業構造が残ったままだから、いつまで経っても、日本経済は離陸しないわけですね。
そういう意味では、日本の産業構造を変えていかなくてはいけないという物凄く実は大きな意味を持っている
。(【書き起こし.com】孫正義VS池田信夫「光の道」対談(夏野剛司会)Part3)

実は、この箇所、冒頭の対談の前に当たる。これをつなぐと夏野氏の発言は、
夏野:そうすると総務省だけの管轄にはなりませんので
夏野:そうすると、原口さんが光の道と言うだけでは足りなくて、なおかつ首相が言って、ほかの省庁の方々も口を揃えて言わないといけないんですが
夏野:そうすると、総務省だけの管轄じゃならないので……
夏野:そうすると原口さんが光の道と言ってるのだと足りなくて、首相がなおかつ、他の省庁の方も口を揃えて言わなくてはいけないんですが……
(中略)
夏野その具体的な解決策は、孫さんを首相にしないとダメ。(【書き起こし.com】孫正義VS池田信夫「光の道」対談(夏野剛司会)Part3)
 ついに、孫氏首相待望論まで行き着いた。冗談はともかく、孫氏の構想は日本の産業構造をITで変えていかなければならないという巨大なプロジェクトである。夏野氏は、孫氏に対して、世界を変えつつあるスティーブ・ジョブズのようなイメージをそこに重ねているのではないだろうか。


追記

夏野氏より、twitterでコメントを頂いた。

RT 分析ほぼ正しいです。ただ僕は悲嘆してはいません。単にNTTの会社形態の議論と同じレベルの具体的で説得力ある利活用推進提案を孫さんから引き出したかったです。@mugendai2 光の道対談についてブログを書きました。 http://bit.ly/aLlbXQ
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