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素人だから言えることもある

朝日新聞は、今、何を考えているか・2(ホームサーバの戦い・第68章)

「紙からデジタルへ」ではなく、「紙もデジタルも」

 朝日新聞は、今、何を考えているか(ホームサーバの戦い・第67章) では、佐々木俊尚氏のTweetを中心に小寺信良氏のブログを加えて、ライター側から朝日新聞のデジタル戦略について推測を交えて書いている。そして、朝日新聞の編集方針は、
 ただ、ニュースサイトという関係上、ニュースを有料化できない朝日新聞としては、コラムやブログを切り分け、よりアクセス数を稼げるサイトは、有料化してもらうと考えるのもおかしくはない。特に、

社外筆者に1本1万円で書かせるいっぽうで、早期退職者には7000万円とかの退職金を払ってるんだよね。(http://twitter.com/sasakitoshinao/status/16925809219)


のツィートを見る限り、朝日新聞のリストラは確実に進行中である。売れるコンテンツは有料化せよ、それが現在の朝日新聞の至上命題にも見える。だが、それではコンテンツの内容を確実にやせさせる。

と書いた。果たして、その推測はあっているのか。

 週刊東洋経済の7月3日特大号「激烈!メディア覇権戦争」に朝日新聞の秋山耿太郎社長のインタビューが載っていた。

―――デジタル戦略の道筋は描けていますか。

秋山 世界中の新聞がデジタルにチャレンジしているが、全体としてはまだ「これだ」という道を見出せてはいない。

 成功しているのは、ヤフーやグーグルといったプラットフォームを担うIT企業ばかりだ。新聞社のようにコンテンツの提供を行う側は総じて収益が上がっていない。そうした状況であるため、コンテンツ提供に加えて、プラットフォームの段階から何らかの形で関与ができないものかと模索を始めている。

 とはいえ、この分野は少し前の技術があっという間に陳腐化してしまうほど技術革新が速い。新聞社の成功体験によるビジネスモデルにこだわっていては、時代の動きについていけない。とりわけ若い人たちには新しい時代感覚を学んでもらって、要員の配置も含め、ビジネスモデルを変えるべきものは変えていかなければならない。

 技術革新は今後も止まらない。デジタル媒体も多様化して複雑になっている。だからテクノロジーの進展を敏感に感じるシステム部門の若手や、出版の最前線で電子書籍に詳しい若手など、社内のあちこちから人を集めているところだ。私も含めて新聞記者出身は大体技術が分からない(笑)。

 コンテンツ提供の値付けの問題はこれから知恵を出していきたい。儲からないなら、やる必要がないのだから。海外の例だと、有料化を進める「ウォール・ストリート・ジャーナル」や「フィナンシャル・タイムズ」などが成功事例に近い。国内では、日経新聞電子版の4000円(紙の新聞非併読)、産経新聞のアイパッド向けの1500円の二つの事例がメルクマールとなる。

―――そうしたシフトの中で、紙の新聞、そして全国の販売網の位置づけは。

秋山 紙からデジタルへと舵を切るのでなく、紙もデジタルも、つまり両者の最適な組み合わせを追求していくしかないと考えている

 というのも、朝日新聞の収入の9割が紙の新聞によるものであり、それを支えているのが北は北海道の稚内から、南は奄美大島までの全国販売網であるためだ。過疎地の販売店で後継者がいないようなケースでは、全国紙も地方紙も一つの販売店で売る「合売化」の流れも出ているが、日本列島を貫く太い販売ルートはしっかり維持していきたい。

 紙の新聞でも、デジタルでも、生き残っていくために必要なことは同じだと思う。商品力、競争力のあるコンテンツがカギとなるはずだ。ネットの世界はどちらかといえば情緒的なものを含めて雑多な情報があふれている。紙の世界が対抗力を持ちうるとすれば、深い取材をして情報を取ってくること、そして確かなデータに基づいてファクトを示すことに尽きる。そうしたファクトに基づいた論理的な思考、考え方を掲示できることも、紙媒体の特質だと考えている。

 深い取材と確かなデータ、そして論理的思考。逆に言えば、そこさえしっかりしていれば、デジタルの世界でも通用する。よい紙面を作ることが、ネット上でも価値ある情報を提供できることにつながる。(週刊東洋経済7月3日特大号「激烈!メディア覇権戦争」)

 秋山社長としては、現在の体制を維持したまま、ネットのデジタル対策をするつもりのようだ。有料の「WEBRONZA」も、日経新聞の有料日経電子版と同じく実験のひとつなのではないだろうか。

各新聞のデジタル化の取り組み

 興味深いことに、この週刊東洋経済7月3日特大号「激烈!メディア覇権戦争」では、他の新聞の動向についても書かれていた。

 たとえば、日経新聞の目的は、

 将来的な課題は、日経電子版のシステムを「プラットフォーム」として他の新聞社も利用できるように開放していくこと。(週刊東洋経済7月3日特大号「激烈!メディア覇権戦争」)
産経新聞は、2008年12月よりiPhone用の新聞を1日に限り、無料で読めるアプリ「産経ネットビュー」を提供、iPad用には30日ごとに1500円の課金をする高精細版を提供している。その理由は、
「サイズが大きいため見え方がかなり違う。コストなどを総合的に考えたうえでの値づけ」(産経デジタルの近藤哲司社長) (週刊東洋経済7月3日特大号「激烈!メディア覇権戦争」)
 毎日新聞は、複数の有料ビジネスを展開しているが、ユニークなのは、ネットの情報を新聞へ印刷した「毎日RT」だ。
タブロイド判の紙面に、ウェブサイト「毎日jp」でよく読まれた記事をピックアップして掲載。その記事に対するツィッター上のつぶやきと合わせて掲載している。月額1980円で取り扱い地域は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県。駅売りなどなく、販売店経由のみだ。首都圏は人口が多く潜在力はあるのに毎日新聞のシェアが低い。そのため毎日RTで新しい読者を開拓していくのだという。(週刊東洋経済7月3日特大号「激烈!メディア覇権戦争」)
 1000万部の購読者数を誇る読売新聞は、医療情報サービス「ヨミドクター」やヤフーニュースへの記事販売などをしているものも、

渡邉恒雄・読売新聞グループ本社会長は「IT企業の社長も毎日、新聞を読んで情報を仕入れている。これからも紙の新聞が揺らぐことはない」と発言している。紙の新聞を最優先し、紙に影響を与えるようなデジタルビジネスはやらない―――これが読売の戦略だ。(週刊東洋経済7月3日特大号「激烈!メディア覇権戦争」
 日経新聞電子版のサービス開始直後、電子版契約とともに紙の新聞の契約を取りやめた読者が多数いたという。各新聞とも、紙の新聞が主な収益源である限り、デジタル化によって食えなくなってしまえば、ほとんど意味はない。だが、なぜ、今の体制を維持したまま、デジタル化を目指すのか。あまりにも考えが甘いと思えるのだが。

有料化の理由

 さて、イギリスのタイムズが7月から全面有料化になるという。そのタイムズの有料化の理由は、
良質なジャーナリズムには、料金を払う価値がある」(週刊東洋経済7月3日特大号「激烈!メディア覇権戦争」)
というものだ。これは親会社のルパード・マードック氏の意向があるという。マードックは、傘下のウォール・ストリート・ジャーナルの有料化を成功させたのである。

 この言葉は、朝日新聞の秋山社長の「深い取材と確かなデータ、そして論理的思考。逆に言えば、そこさえしっかりしていれば、デジタルの世界でも通用する。よい紙面を作ることが、ネット上でも価値ある情報を提供できることにつながる。」と言う言葉とほぼ同じだ。つまり、「良質なジャーナリズム」とは「深い取材と確かなデータ、そして論理的思考」のことである。

 一方、僕は、「ブロガーのスキル」で佐々木俊尚氏の「ブログ論壇の誕生」の中からこんな言葉を引用した。

 このようなステレオタイプ的な切り口は、インターネットのフラットな言論空間で鍛えられてきた若いブロガーから見れば、失笑の対象以外の何者でもない。彼らは新聞社のような取材力は皆無で、一次情報を自力で得る手段を持っていないが、しかし論考・分析の能力はきわめて高いライブドア事件にしろ格差社会問題にしろ、あるいはボクシングの亀田問題にしろ、読む側が「なるほど、こんな考え方があったのか!」と感嘆してしまうような斬新なアプローチで世界を切り取っている。

 今の日本の新聞社に、こうした分析力は乏しい。論考・分析の要素に限って言えば、いまやブログが新聞を凌駕してしまっている。新聞側が「しょせんブロガーなんて取材していないじゃないか。われわれの一次情報を再利用して持論を書いているだけだ」と批判するのは自由だが、新聞社側がこの「持論」部分で劣化してしまっていることに気づかないでいる。ブロガーが取材をしていないのと同じように、新聞社の側は論考を深める作業ができていないのだ。(佐々木俊尚著「ブログ論壇の誕生」文春新書)(読売新聞「新聞が必要 90%」の謎)

 つまり、「深い取材と確かなデータ、そして論理的思考」のうち、新聞社の集団的機動力や書庫、記者クラブのような特権に守られた「深い取材と確かなデータ」では負けるが「論理的思考」では新聞社に属していない人間でも十分太刀打ちできるというのである。

調査報道NPOの誕生

 現在のテレビ局や雑誌社がそうであるように、やがて新聞社はどんどん金のかかる部分をそぎ落としていくだろう。テレビ局が制作会社なしでは成り立たず、雑誌社が、編集プロダクションなしではなりたたないように。もっとも、時間のかかる調査報道部門をアウトソーシングしていくことになる。

 「新聞消滅大国アメリカ」(鈴木伸元著/幻冬舎新書)には、調査報道NPOの話が出てくる。

 新聞が衰退する一方で、大きな注目を集めているのが、調査報道を行うニュースサイトだ。
 ここ数年の間に、これまで新聞が扱ってきた調査報道を専門に行い、ニュースサイトにNPOの組織がアメリカ各地に次々と誕生している。」(鈴木伸元著「新聞消滅大国アメリカ」幻冬舎新書)
 NPOは非営利組織だが、寄付金によって成り立っている。新聞社をリストラされた元記者やジャーナリスト志望の学生などが記事を書いている。だが、寄付金を出した相手と独立した記事が書けるかと言う問題も抱えているという。
 新聞社が自前で記者を抱えていると、社会保険料などを含めた人件費をはじめとして巨額の金がかかる。それをプロププリカ(本書に登場する調査報道NPO)の記者たちに長時間かけて取材してもらい、新聞社はその結果だけ買い取って紙面に載せる。随分と安上がりだが、これは外部から記事を購入していることに他ならない

 日本記者クラブのホームページには、アメリカで調査報道NPOが実力をつけ台頭していることについて、大手全国紙の記者がこう書いている。

「もはや新聞は紙面の“場所貸し産業”になってしまうのではないか。そんな危惧を覚えた」

 それによって質の高い記事が常に読者にもたらされているのであれば、問題はない。ただ、新聞社がこれまで蓄積してきた取材能力が失われていくのではないかという危惧がある。アメリカではそうした事態が進んでいるのだ。(鈴木伸元著「新聞消滅大国アメリカ」幻冬舎新書)

 その危惧は、すでにアメリカ産業がたどり、現在の日本でもあらゆる産業で起こっていることだ。テレビ局が制作を制作会社に任せてしまったために、番組の質は向上せず、単なるスタジオ貸し産業になったし、工場を海外に移したために、技術が海外に流出してしまった。

 はたして、新聞だけがその道から逃れる事ができるとは思えない。良質な記事を書くから、金を払ってくれといわれたところで無視されるだろう。メディアだけが金をふんだんに使う時代は終わったのである。また、今の新聞に良質な記事が書けるとはとても思えないのだから。


追記

佐々木俊尚氏にTwitterでコメントをいただきました。

高コスト体質を変えない限り、旧メディアのネットビジネスは絶対に成功しない。でもだからといってコンテンツの外注金額を極限にまで下げるのは方向が間違ってると思う。 http://bit.ly/b5a39r

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