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素人だから言えることもある

日本のネット配信の問題とソニーの戦略(ホームサーバの戦い・第73章)

QriocityとPSNの路線は違う


 最近のエントリー、新apple TVとtorneに見る日米録画事情(ホームサーバの戦い・第71章)地方民放抵抗の理由(ホームサーバの戦い・第72章) で語ったことは、これから日本でネット配信を進めるに当たっての問題点であるが、なかなかこの問題はテレビ局の根幹にかかわるものであり、根深いことがわかった。日本内部からではなく、海外からの動きで日本を開くにはどうしたらよいか考える必要がある。例えば、ソニーには、欧米ではストリーミング中心のQriocityと世界中に展開しているPSNの二つのネットワークがある。やがてこの二つは統合するのか、そこで注目すべき発言があった。それは、現在幕張で行われている東京ゲームショウでのSCE平井一夫社長の発言(9/16)であった。



 ゲームのオンラインサービスである「プレイステーション・ネットワーク(PSN)」のアカウント数は8月で5400万件を突破。今後のアカウントの目標について平井執行役は「1人で複数のアカウントを持っていることもあるので単純に数だけを追っていない。プレステ3のユーザーの100%がPSNを利用してもらうのが究極的なゴールだ」と述べた。現在、プレステ3の累計販売台数は3800万台だが、PSNへの接続率は約8割だという。 


 また、オンラインの映画配信サービスの「Qriocity(キュリオシティ)」について、平井執行役は「PSNとの統合は考えていない。ソニーのネットワーク事業は、PSNとキュリオシティの2大戦略でやる」との方針を示した。キュリオシティは今春に米国で開始し、今秋には欧州5カ国でもサービスを始める予定で、年内に音楽配信も追加する計画。ただ、平井執行役は「PSNはゲームのためで、キュリオシティはゲーム以外のデバイスの機能を充実させるためのサービス。対象が違うので統合させずに2つのサービスとして続けていく」と説明した。これに対して電子書籍端末「リーダー」の書籍配信サービスについては「最終的にはキュリオシティに持っていきたい」と述べた。(MSN産経ニュース2010年9月16日/インタビュー:ソニー、プレステ3は1500万台達成に手ごたえ=SCE社長)



 この方針は、そもそもQriocityの発想から来ている。というのは、ソニー・ヨーロッパの西田プレジデントがこんな事を言っている。



なお、Qriocityのアーキテクチャー自体はPS3用のものとほぼ同じものを転用しているが、ゲームとテレビではターゲットする層の幅が全く異なるため、ターゲットに即した形でネーミングを使い分けることを戦略として置いているという。ゲームのコアは20歳前後の非常に狭い層に集中しているのに対し、家庭用テレビの場合は若年層から老年層までターゲットが広がっており、ネーミングの共用は不可能と判断しているとのことだ。


西田氏は、ネットワークを通じてユーザーに届けられるコンテンツは、これからはストリーミング方式が中心となるとしており、ファイルレス(クラウド)化が進捗するとコメント。そのためには使い勝手の改善、検索機能のさらなる高度化が不可欠と言う。


また、ユーザーがコンテンツを直接所有するダウンロード・ビジネスモデルもソニーは持っているが、それよりもユーザー・ベネフィットの効果が大きいと見込まれるストリーミング・ビジネスに大きな可能性を見いだしているという考えを披露した。


日本での導入時期に関しては、私見として「IPTVに関する著作権の問題をクリアにすることが不可欠」と西田氏は指摘。コンテンツ制作側の意識改革、よりオープンでフラットな体質の実現が図られれば、日本市場での成功の道筋が見えてくるとしている。(<IFA2010>ソニー・ヨーロッパ西田プレジデントが語る独自ネットサービス「Qriocity」の展望)



 つまり、PSNはターゲットを絞り、ダウンロードコンテンツを中心に、Qriocityはより幅広いターゲットでストリーミングを中心にと言うわけだ。これは、スティーブ・ジョブズ氏の



 「コンピューター業界の人間はどうしても分からないようだが、普通の人々は映画やテレビ番組は、コンピューター画面なんかで見たくないと思っている」。(ジョブズが繰り返した言葉が示す「アップルの目の付け所」)(ソニーとアップルのストリーミング戦争(ホームサーバの戦い・第70章) )



に合致している。PSNに触れるターゲットは、コンピュータ画面に触れることは日常的であり、別にダウンロードなどもあまり負担に感じないということであろう。ソニーは、この二大路線で行くという。しかし、PSNで提供されるコンテンツが欧米で提供されるコンテンツより圧倒的に少なく、しかもレンタル屋よりも高いので食指が動かないのはどうしようもない事実だ。この問題はどうして起こるのか。そして、西田プレジデントのコンテンツ制作側の意識改革とはどういうことか。


通信と放送の違いに縛られる放送局


 新apple TVとtorneに見る日米録画事情(ホームサーバの戦い・第71章) の中で、日経ビジネス9月13日号の



 視聴者にしてみれば、そもそも無料で視聴できる民放のテレビ番組を、有料で購入することへの抵抗感は大きい。NHKの番組であっても、「受信料で作られた番組なのに、なぜネットでも料金を徴収されるのか」と違和感を覚える視聴者も少なくないはずだ。
(日経ビジネス9月13日号 ネット対応テレビ、日本置き去り)



の言葉を引用したが、その疑問に対する答えがAV Watchに載っていた。



 ここで、多くの人が考えているであろう「根本的な疑問」をぶつけてみよう。NHKは、「受信料で運営される公共放送」だ。NHKで作られた番組は、当然そこから予算を準備して作られる。
 ならば、映像配信をする場合にも「無料」でできるのでは?
イギリスの公共放送であるBBCは、NHKオンデマンドの「見逃し番組」に近いサービスを無料で行なっている。
 その疑問に、小原氏(日本放送協会 NHKオンデマンド室 小原正光部長)はこう答える。「その話は、根本に戻らないと解説ができませんね」


小原: 日本ではずっと、放送と通信は別の体系で行なわれてきた、ということです。2000年の頭までは、放送と通信は全く別の体系、行政システムで、法的にも別になっていました。2007年の法改正までは、「NHKは放送機関だから電気通信回線を使った番組提供はダメ」となっていました。
 法改正はされましたが、現状は「受信料は放送のためだけに使いなさい」というルールになっています。もしそこで受信料でネット配信を行なうと、「民業圧迫」ということになるので、放送事業とNHKオンデマンドは会計分離をし、別区分でやってください、と法律に書かれている。だから有料なのです。映像を出す方にとっては、法律で決まっているので手も足も出ないんです。通信と放送が完全に透明になっていれば、話は違うのですが。


 すなわち、シンプルに答えを言うなら、「法律でそういうルールになっているから」ということになる。そして、さらにそこにつながっているのは、「民間放送の映像配信」の状況だ。


小原: そういった形を実現するために問題になるのは、民間放送の映像配信がほとんど有料モデルになってしまったことです。
 現在、無料なのは「第二日テレ」ぐらいで、多くは有料モデルです。権利処理が大変、ということもあるでしょうが、テレビと同じ「広告による無料のビジネスモデル」を構築できていない。ネットには広告費が落ちているのに、個別で組み立てるとビジネスになっていかないんです。
 理想は、民放さんが通信でも放送と同じように「無料モデル」が成立するようになることです。そうなっていれば、我々が無料配信しても「民業圧迫」にはなりませんから。つまり、一番いいのは、みんながネットで「広告モデル」を成立させることなんです。新聞でも雑誌でもそうでしょう。ただし、今は「ネットの広告では金がとれない」という話になっている。
 そこに我々が「受信料で無料」と言い出したらどうなります? 「民業圧迫」で、業界の秩序を完全に破壊してしまう、ということになるのです。


 この流れは、放送と通信の事情に通じている方でなければご存じないかもしれない。だが、現状では「やりたくてもできない」という事情がある、ということだ。
 純粋に消費者の側に立てば、NHKが無料配信をしたとしても、単純に「民業圧迫」とはいえないと思う。「ネットネイティブ」な映像配信事業者は無料でもビジネスを成立させているところもある。だが、そういった論理が通じないのが、放送と通信を阻む「本当の壁」である。ネットという世界で「通信出身」企業が戦えても、「放送出身」企業が戦えないのであれば、「民業圧迫」とされるからだ
 「NHKは儲けたいから有料にしている」という意見もあろうが、やりたくてもできないのも事実。状況を改善するには、「業界の壁」を取り払う必要があるということだ。(西田宗千佳の ― RandomTracking ― NHKオンデマンドから見える「ネット配信」の現状と課題 〜Flash対応の理由とこれからの展開〜)



 無料配信モデルが確立すれば、一気にネット配信は普及するはずだ。ところが、それを阻むのは、既得権者である放送局それ自身である。高コスト体質の放送局が、その収益をそのままネットで手に入れようとするのはあまりにも無理がある。根本的に体質を変えない限り、ネットでは戦えない。そもそも、前項地方民放抵抗の理由(ホームサーバの戦い・第72章) の地方民放に払った電波料などムダな制作料を削減し、つまり地方民放を切捨てでもという覚悟がなければ、ネットで生き残ることは不可能である。西田プレジデントのコンテンツ制作側の意識改革とはこのことではないのか。放送局にとってあまりにもハードルが高いが。


 池田信夫氏は、「新・電波利権」のおわりにとしてこう締めている。



情報通信は、今でも経済の最大のエンジンであり、成長のポテンシャルも大きい。それなのにIT 産業がだめになるのは、競争がないためだ。電波を開放してベンチャーや外資を含む新規参入を促進することは、無線通信だけではなく、日本経済が立ち直るための重要な足がかりである。(池田信夫著「新・電波利権」アゴラブックス/139ページ)



 もし、いつまでもコンテンツ鎖国状態を続けていると、海外からのコンテンツも日本を排除していくだろう。ケータイがガラケーとさげすまれるように、どれほど魅力的なコンテンツであっても、健全な輸出入があって初めて成り立つものである。視聴者にとって、より簡便なネット配信を提供してこそ、新しいクリエイターが産まれ、外国のコンテンツにも立ち向かえる、本当のコンテンツ大国と成り得るのだ


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