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素人だから言えることもある

菅直人氏の「総理大臣の器」

菅直人氏のWikipediaを読んでいて、彼の著書に「総理大臣の器―「菅」対「小泉」マニフェスト対決」(幻冬舎/2003年刊)という本があるという。現在、与野党から攻撃されている菅氏は、総理大臣について、どんなふうに考えていたのか気になった。

実は、「総理大臣の器」というタイトルで書かれている本がもう一冊あった。テレビ朝日でコメンテーターをしている三反園訓氏の「総理大臣の器」(講談社+α文庫)である。三反園氏は、この本のプロローグで、総理大臣のあるべき姿をこう語っている。

卑怯なことをせず、表舞台で誠実に日本の将来をどうするかを語れる人。しかも、一輪の野花をきれいだと思う感受性豊かな、人間味のある人、そして大局的に物事を見られる人、勇気と決断力のある人だ。なぜならば、総理はあらゆる場面に直面し決断しなければならない。勇気がなければそれができないからだ。冷静な思考が、その前提であるということはいうまでもない。そして、創造性豊かな人、その原点となる夢を語れる人……。(三反園訓著「総理大臣の器」講談社+α文庫)
いわば、この本で語られているのは、総理大臣の個人の資質である。ところが、菅直人氏の「総理大臣の器」(幻冬舎)では、総理大臣の個人の資質については語られない。例えば、「すべてを変える(p74)」という章では、
誰が総理大臣になっても同じ、とよく言われる。私自身、そう言ったことが何度もある。ただし、それには「自民党政権のもとでは」という前提条件が必要だ。多くの国民が思っている通り、自民党政権のもとでは、誰が総理大臣になっても同じた。官僚と族議員主導の自民党政権では何も変わらない。しかし、民主党政権になれば、確実に変わる。

それは「すべてを変える」からだ。

堺屋太一さんの「すべてを変えることが正義である。」という施政方針を決めよ、と訴える論文が読売新聞(9月4日)に掲載された。「国の体質を変えること」が大事であり、それには官僚丸投げから脱却せよと主張している。まったく同感だ。元官僚で、しかも自民党の内閣で大臣を務めた人が言っているのだから、説得力がある。この堺屋さんのコメントは小泉総理に対するメッセージのようであるが、しかし、残念ながら、小泉内閣にはそんなことはできない。

だが、民主党が政権をとれば、まさに「官僚主導の政治のすべてを変えることが内閣の基本方針である」。そのためには、最強の内閣、最強の官邸を作りあげる。もちろん、そこに官僚と族議員の入り込む余地はない。

政治主導内閣、政治主導政権、政治主導政府、これが菅内閣の最大の特徴であり、また、これを作りあげることが最大の目標でもある。

政治主導にするのは「手段」であって目的ではない。目的は「日本再生」だ。だが、日本が再生するには、政・官・業癒着の伏魔殿を壊すことが必要であり、それが達成されれば、半ば自動的に日本は再生される。(菅直人著「総理大臣の器―「菅」対「小泉」マニフェスト対決」幻冬舎)

この本自体、官僚主義に対する呪詛にあふれている。自民党=官僚であり、この官僚主義を打破すれば日本にバラ色の未来が開けてくるかのように。もちろん、日本の政治の問題の多くが、官僚主義にあることは否定しない。だが、そんな単純な話ではないだろうと思う。

官僚がプロなら、民主党の政治家たちは、いわば素人である。鳩山元総理の時の、普天間基地問題、今回の原発問題など、本来ならば官僚が目を配らなければいけないものさえ、官僚を排除して素人同然の政治家が大挙して振り回し、これが「政治主導」でございというのは総理大臣として少々甘いのではないか。

官僚を排除する仕組みを作るのなら、それに代わる仕組みを作って初めて政治が動くのではないだろうか。小泉首相は、郵政改革という明確な目的を持っていたから、わかりやすかった。菅首相は、1年たって、マニフェストはすべてほころび、震災復興も原発問題も、後手後手になり、首相として何を目指しているのかが見えなくなった。「はじめに」にこんな言葉が載っていた。

1976年、30歳の私には、組織も、知名度も、資金もなかったが、「政治に絶望しているだけではだめだ。自分たちで行動をおこそう」と、初めて衆議院議員選挙に立候補した。組織がないのでポスターを掲示板に貼るだけで二日もかかってしまった。それでも、7万人以上の方が投票してくれた。落選はしたが、その時の7万1368票があったから、今日の私はある。その選挙で、私の選挙母体となってくれたグループの名は「あきらめないで参加民主主義をめざす市民の会」という長い名だった。

その2年前、私は、女性に選挙権のない時代に選挙権獲得の運動をするという、今の私たちには想像もできない苦難の道を歩んできた市川房枝さんの参議院選挙に、参加した。それが国政にかかわった最初だった。

市川房枝さんこそ、あきらめない人だった。

私もあきらめないで、これまでやってきた。

小沢一郎さんもあきらめない人だ。自民党を離党して、結局は自民党に復党した政治家が何人もいるなか、小沢さんは一時的に自民党と連立は組んだが、最後まで、自民党には戻らなかった。これはすごいことだ。

あきらめない二人が、初めて本格的に手を組むのが、次の総選挙だ。(菅直人著「総理大臣の器―「菅」対「小泉」マニフェスト対決」幻冬舎)

結局、菅内閣になって、菅首相は脱小沢を選び、たもとを分かつことになる。ともかく、菅首相の総理大臣の器としての個人的資質が「総理をあきらめない」というのでは、あまりにも悲しすぎるし、国民にとっても大変不幸な話である。
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