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「猿の惑星」のもう一つの解(ネタバレあり)

猿の惑星」の大いなる疑問

映画「猿の惑星・創世記(ジェネシス) 」を見てきた。「猿の惑星」シリーズはすでに6作も作られている。このうち5作はストーリーがつながっている。そのストーリーをキネマ旬報10月号の作品評でわかりやすくかいつまんでいたので、それを引用してみる。
猿が人間を支配する惑星にやってきた主人公テイラーが、その惑星こそ地球の未来であることを発見して終わる第1作「猿の惑星」(68)。地球が猿の惑星になったのは人間の愚かな核戦争の結果であり、最後は地球がコバルト爆弾で滅びる第2作「続・猿の惑星」(70)。宇宙船で逃げ出したチンパンジーの夫婦、コーネリアスとジーラが現代の地球にタイムスリップする第3作「新・猿の惑星」(71)。この夫婦の息子シーザーが、人間の奴隷となっていた猿たちを率いて反乱を起こす第4作「猿の惑星・征服」(72)。核戦争の後、猿が支配する世界となった地球を描く第5作「最後の猿の惑星」(73)。こうして第5作は第1作につながり、「猿の惑星」5部作はエンドレスな物語として完結する。(新藤純子著「生命科学の問題をテーマにした現代にふさわしいSF映画」キネマ旬報10月下旬特別号)
6作目のティム・バートン監督の「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(01)は、原作のピエール・プールの小説に沿ったものであり、映画のシリーズとは異なる。

最近、テレビ東京午後のロードショーで「猿の惑星」が放送されたので、それと見比べてみる。

私たちは、「猿の惑星」を過去に見たとき、驚いたのは、ラストの自由の女神が海岸に打ち捨てられ、そこが地球であることを知った時だった。だが、私たちは、もっと前にそれを知って当たり前だった。何の通訳もなしに主人公のチャールトン・ヘストンが猿たちと会話していたことを。つまり、猿たちは「英語」を話していたのである。その時、ここは地球に違いないと思わなければならなかったのだ。そして、改めて見返すと、冒頭にチャールトン・ヘストンはこんなことを言っている。

「私は今、地球への最後の報告を終えたばかりだ。これで我々はすべての任務を完了した。しかし、報告が地球に届くのはおそらく何十時間も先のことだろう。なぜなら、我々はケープカナベラルを立って、既に6か月間、宇宙を飛行しているからだ。6カ月といっても、それは地球時間ではない。この宇宙船での時間だ。ハスライン博士の時間理論によれば、光の速度とほぼ同じ速度で宇宙船が飛行している場合、我々が地球を離れてから、地球ではすでに700年がたっている計算になるのだ。しかし、我々はほとんど年を取っていない。まったく信じられないことだが、まぎれもない事実である。だから、我々を宇宙に送り出してくれた仲間はもうすでにこの世の人ではない。私の報告を受け取るのは、おそらく27世紀の人のはずだ。よい時代だといいのだが、さ、私も眠ろう。だが、一つ疑問がある。私は20世紀の地球に決別して、宇宙飛行の任務に旅立ったのも、地球では今もなお、まだ同胞と戦争をしたり、隣国の子どもたちを飢えさせたりしているのだろうか。」(「猿の惑星」)
冒頭の川のシーンでの宇宙飛行士たちの会話
ランドン ここはどこなんだ。
テイラー おれの考えでは、地球から320光年離れたオリオン星座のある軌道を回ってる惑星の一つだと思う。おそらく、間違いない。
ドッジ これはベラトリックスだな。
ランドン ベラトリックスにしちゃ白すぎる。もっとも調べるデータがないから、正確なことは言えんがね。それにしてもおかしいと思わんか。まっすぐ地球に帰るはずなのに。なぜこんな惑星に。
ドッジ もしかしたら、タイムホールかなんか出くわしたのかもしれん。
テイラー そんなところだろう。宇宙船で一年も眠っていた理由がわからん。(「猿の惑星」)
つまり、宇宙でどこかの星に向かって飛んでいるわけではなく、光速で地球の周りを回転していたわけなのだ。700年の予定が2000年になってしまったが。したがって、ラストのテイラーの言葉が生きてくる。
テイラー ああ、何ということだ。俺は帰ってた。帰ってたのに。ここは地球だ。俺は地球に戻ってたんだ。誰が滅ぼしたんだ。この地球を。なんてことをしたんだ。畜生、人間なんかみんな地獄に落ちてしまえ。(「猿の惑星」)
しかし、2000年の間に、1968年当時の猿がなぜ人間より進化したのか。それを描いたのが、5本のシリーズであった。だが、コーネリアスとジーラが現代の地球にタイムスリップ(2000年の逆行)する(しかもテイラーの乗ってきた宇宙船で)というのはあまりにも強引すぎやしないか。それに、どうして他の猿が進化したかがわからない。いくらシーザーが指導したからって猿は進化するだろうか。

猿の惑星・創世記(ジェネシス)」の解

これには、アルツハイマー新薬が絡んでいる。プログラムの解説を読むと、
アルツハイマー病を患う父親を持つ若き科学者ウィルは、この病気を劇的に治療する新薬の開発に没頭していた。その薬を投与されたチンパンジーは脳が活性化し、並外れた知識を示すが、研究所内で突如暴れだしたため射殺されてしまう。ウィルはそのチンパンジーが生んだ赤ん坊を密かに自宅に連れ帰り、シーザーと名付けて育てることに。やがて特殊な遺伝子を受け継いで成長したシーザーは、ウィルの想像すら超えた驚異的なインテリジェンスを発揮。しかし、あるトラブルがきっかけで霊長保護施設の檻の中に閉じ込められたシーザーは、人間の愚かさに失望し、自由を求めて仲間とともにある行動を起こしていく。それは、人類に支配された地球上の進化の概念を覆す一大決戦の始まりだった…。(猿の惑星・創世記プログラム)
シーザーと言えば、4作目の「猿の惑星・征服」と共通しているが、ストーリー的にも似ている。ただ、きっかけがアルツハイマー薬というのが現代的だ。しかも、薬の臨床試験にチンパンジーが使われるのは有名である。このアイデアのヒントは、
この映画の発想の芽生えは、新しい「猿の惑星」映画を作ろうとしたことからではなく、脚本・製作のリック・ジャッファの目に留まったある新聞の見出しからきたものだった。「私はチンパンジーが人間に攻撃するという記事を読んだんだ」と彼は説明する。「飼い主が何年かに渡って家で猿を育てたら、猿がすっかり変わってしまったというものだ。私はさらに動物実験と遺伝子研究を巡る別のプロジェクトのリサーチもしていた。そんなわけでチンパンジーと遺伝子研究についての記事を注目し続けていたら、アイディアが浮かんだんだ。思わず言ってしまったよ。“なんてこった。「猿の惑星」ができちゃったよ”ってね」(プロダクション・ノート/猿の惑星・創世記プログラム)
もう少し、ストーリーを詳しく説明しよう。ウィルはこのシーザーに与えていたアルツハイマー新薬を父にも投与したところ、父の脳も活性化し、認知症の治療に成功した。だが、しばらくすると、その効果を打ち消すウィルスが現れる。ウィルはそのウィルスを止めようとして、より強力なアルツハイマー新薬をつくる。ところが、それを父に投与したところ、ウィルスに感染して死んでしまう。一方、シーザーはウィルの部屋から盗んだ新薬を霊長保護施設の猿たちに噴霧して、猿たちの脳を進化させる。また、ウィルの隣に住んでいたパイロットも感染者になる。映画評論家の瀬戸川宗太氏はこう書く。
例えば、遺伝子組み換え作物や、本作でも取り上げられているアルツハイマー病患者を対象とした遺伝子治療などは、現実に実施されている。その際、遺伝子の導入に無害、無毒性のウィルスが遺伝子の運び屋として使われているという。猿には脳を進化させる治療が、人間には副作用として危険なウィルス感染を引き起こしてしまう本作の展開はまったくの絵空事とは言えない。生物学の研究者には遺伝子工学の危険性を指摘する者もいて、科学万能主義が人類の滅亡をもたらすという終末観は十分に根拠を持っている。今回の福島原発事故で明らかなように、人類は自ら制御することのできない科学技術を極限まで発展させてきた。遺伝子治療は安全なウィルスを使っているというが、ウィルスは突然変異を繰り返す性質を持っているので、いつ人類にとって有害なものに変化するかわからない。(瀬戸川宗太著「いつしか人間と猿のドラマに入り込んでしまうリアリティあふれる傑作」猿の惑星・創世記プログラム)
2000年逆行する宇宙船なんかよりよほどリアリティある設定ではないか。医学博士の中原英臣氏はこう書く。
ダーウィンが進化論を唱えてから登場したすべての進化論は、遺伝子は親から子供にしか伝わらないという先入観に基づいている。しかし、遺伝子は親から子供だけでなく、ある個体から別の個体に伝わるとしたら、新しい進化論の誕生になるに違いない。

まさか遺伝子が空を飛ぶわけではないが、人間も飛行機に乗れば空を飛ぶことができるように、遺伝子だって乗り物があれば、移動できるはずである。そして、ウィルスこそが遺伝子の乗り物ではないかと考えた。そこで清水の舞台から飛び降りるつもりで、今西進化論で有名な今西錦司先生に手紙を書くと「人間が道具を利用して環境に適応するように、バクテリアはウィルスという道具を使って自分の遺伝子を変えている」というご返事をいただいた。今から40年前の1971年の春のことだった。

こうして「ウィルス進化論」が誕生した。ウィルス進化論を分かりやすく言うと、進化はウィルスによる伝染病ということになる。これまでの進化論の決定的な違いは、遺伝子の水平移動を認めることにある。今にして思うと、今西先生が日本のサル学の祖であったことは、なんとなく運命的だった気もする。

そして、突然変異を起こした個体の中から、生き残るのに有利な個体が自然淘汰によって選択されることで進化が起きるという、これまでの進化論では「猿の惑星」の起源を説明できないが、ウィルス進化論なら類人猿が地球の支配者になったことを説明できるかもしれないと思ったこともあった。

今回の「猿の惑星・創世記(ジェネシス)」を見て、それが現実となったことを知った時の興奮と感激は言葉では表現できない。人類は核戦争で滅亡したのではなく、人類より知的レベルの高い生物に進化したチンパンジーによって絶滅してしまったというのである。アルツハイマー病の新薬を投与されたチンパンジーから生まれた「シーザー」が、人類との壮大な全面戦争に突入していくことで、地球上の進化の歴史を変えていったのである

このアルツハイマー病の新薬がウィルスを利用した遺伝子治療薬と考えるなら、母親の胎内にいた「シーザー」の遺伝子に人類の知性を超えてしまうような変化が起きても不思議ではない。そうした意味で、新薬を浴びることでウィルスに感染した主人公ウィルの同僚が謎の死を遂げ、そのウィルスに感染したパイロットが仕事に出かけた後にエアラインが世界中に広がっていくラストシーンは、多くの人間がそのウィルスによって死んでいったことを暗示している。

猿の惑星」を見たときに疑問に思ったもう一つの謎は、どうして類人猿がしゃべるようになったのかということである。この謎も最新の遺伝子学が解き明かしてくれるに違いない。人類は「FOXP2」と呼ばれる言語遺伝子を持っていることが分かっているが、チンパンジーもこの遺伝子を持っている。(中原英臣著「ウィルス進化論」を裏付ける映画のリアリティ/キネマ旬報10月下旬特別号)

サーズなどの感染症が飛行機を通って世界中に蔓延していくニュースを思い出した。優れた映画は、私たちに様々な知識とヒントを与えてくれる。
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