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素人だから言えることもある

日本社会はどこまで失敗を許すか

ネガティブなマスコミとチャレンジしないトップ

大臣の失言がまたマスコミに載っていた。失言が怖いから、野田首相はぶら下がり会見をしないそうである。だいたい、マスコミは、いつもネガティブなことばかり狙っている。
前項映画「はやぶさ」の「失敗は成果だ」という話でも、糸川英夫氏が、
どういうわけか、新聞というのは失敗すると嬉しそうに書き、成功すると残念そうに書く。(糸川英夫著「糸川英夫の創造性組織工学 講座」プレジデント社)
と書いているが、マスコミはネガティブな情報に敏感という体質がある。それは、こんな理由があるからだ。
被害予測を小さく伝えておいて実際に大きな被害が発生してしまった場合は、被害者が出たがゆえに見通しの甘さを叩かれるが、逆に、大きな被害予測を強調しておいて実際の犠牲者が少なかったときには、「あれは警告として意義があった。犠牲者が少なくてよかった」と、見通しの誤りを正当化しやすいからである。(中谷内一也著「リスクのモノサシ」NHKブックス)( メディアが不安をあおる理由)
マスコミは政治家の失言や会社の不祥事をいつも狙っているような気さえする。そうなると、日本の経営者は、スキャンダルを恐れて無難なトップを並べているようだ。失敗を許さない国で引用した、評論家の田原総一郎氏と夏野剛氏の対談でも、
田原:昔、企業を取材していたとき、この男はおもしろい、っていうのはいたんですよ。でも彼らは、その後、だいたい常務止まりなんです。
夏野:常務までいけばいい方なんじゃないですか。
田原:ああ、そうです。なんで常務止まりかというと、こういう男はチャレンジするんですね。チャレンジすると失敗もある。その段階で、日本ではアウトですよ
2つ目。経営者になるにはね、人づきあいがいいこと。
夏野:人当たりがいい?
田原:人当たりがいい。だから、悪口を言われないことなんですよ。だいたいね、業績を上げるとか、会社に変革をもたらす人は個性的な人が多い。でもね、例えばいまここにいる瀬尾さん(編集長)みたいなのは個性的だから、絶対これ役員になれませんよ。だいたい個性的なのは、褒める人もいれば、貶す人もいる。貶す人がいたらだめなんですよ、日本では消去法ですからね。
夏野:日本はね。
田原:貶す人がいない人が社長になる。3つめは運がいい、そして4つめには力がある。こういう人が社長になる。
だから彼らが考えるのは、まず失敗したくないということです
夏野:政治も似たような感じですね。いまの日本の政治。
田原:そう、失敗をしたくない。だから、チャレンジをしない。
夏野:思いきったことをしない。(田原総一朗×夏野 剛「立ち上がれ!ガラケー日本!!」)
失敗しない、チャレンジしないトップは結局、何の成功もしない経営者になる。日本にジョブズは誕生するのかで、僕は元NHK出身で経済学者の池田信夫氏の言葉を引用した。
このようにジョブズの奇蹟は、シリコンバレーという特異な風土で、大きな失敗を繰り返す中で生まれてきたもので、他の国でまねることは不可能だろう。しかし日本の企業がそこから学ぶことはできる。それは失敗を許し、そこから学ぶことが重要だということである。日本の大企業では、新しいアイディアは複雑な組織の中で生まれる前に死んでしまい、ジョブズのように失敗することもできない。
ジョブズは、アップルから追放された経験を「生涯で最高の出来事だった」と振り返っている。その失敗に学んで彼は視野を広げ、企業を経営する知恵を身につけたのだ。イノベーションのほとんどは失敗であり、失敗を恐れていては創造性は生まれない。日本企業の失敗を許さない組織を、失敗しやすいしくみに変えていくことが必要だ。(スティーブ・ジョブズの「生涯で最高の出来事」)
もちろん、アメリカのように、ベンチャー企業に対して、投資家たちが資金提供することも必要だが、失敗をしても再チャレンジできる環境が重要なのだ。

宇宙研のマトリクス型プロジェクトとソニーの厚木王国

そこで、日本でもそういうことをやっている企業はないかと思って、見つけたのが、前項映画「はやぶさ」の「失敗は成果だ」という話宇宙研のシステムである。

糸川氏は、

1人の天才に頼らず、必ずしも天才ではない人々の集団で独創的な開発をするシステム(的川泰宣著「やんちゃな独創 糸川英夫伝」B&Tブックス日刊工業新聞社)
として専門領域がまったく違う人をカップルにして作るペア・システムを考え、その発展形であるマトリクス型プロジェクトは、
軸足を専門分野別の縦割り組織に置いたままなので「ヒラメになりにくい」という特徴があります一つのプロジェクトに特化されず、各スタッフが異分子のままぶつかり合うことになるのです。アイデアのバリエーションでは、こちらの方が豊富になるでしょう。他のプロジェクトに参加しているメンバーも兼務するので、問題解決への柔軟性も高いというメリットがあります。(川口淳一郎著「『はやぶさ』式思考法 日本を復活させる24の提言」飛鳥新社)
チャレンジしないトップに属する社員は「ヒラメ」(スタッフが上目遣いでトップの顔色を見るようになってしまう)になりやすく、考え方もアイデアも同じものになるのに対し、異分野同士のぶつかり合いはまったく新しいユニークなアイデアが出る。僕は、これこそがウィークタイズだと思う。ウィークタイズとは、
就職活動には、ゆるく結んだネクタイの関係(ウィークタイズ)を持つ人間関係が大切だという。
反対の意味の「ストロングタイズ」は強い結びつきの人間関係を指し、例えば同じ職場や同じ学校のように強い結びつきの付き合いの事を言います。
この場合は、同じ価値観や同じ目的意識の集団なので、自分の新しい価値観の醸成や、思いがけない自分の可能性の発見には繋がりにくいと言います。また、新しい世界も広がらないでしょう。
「ウィークタイズ」は、(Tシャツやポロシャツではなく)ゆるく結んだネクタイのように、たまにしか会わないが、適度の緊張感を持って互いに信頼感を持つ人間同士の関係・・・・薄いけれども、繋がった人間関係を言うそうです。
ウィークタイズの関係は、自分が日頃気がつかない長所を見つけたり、思いがけない可能性に気づかせたりしてくれます。自分の意識していなかった能力や可能性を見つけることにより、新しい適職に就く可能性を秘めているわけです。(ウィークタイズ(弱い結びつき)山いろいろ/ウェブリング)
(貧困と孤立、そしてウィークタイズ)
このような関係でお互いを刺激し合うとどうなるか。
非常に前向きで、悲観的な考え方がまるでないのです。「できる」ということを最優先で考える。たとえそれに多少の問題があったとしても、やろうとしていることができるのだから、それでいいじゃないか、ということです。マイナス面に目を向けるのではなく、プラスを見る。(川口淳一郎著「高い塔から水平線を見渡せ!」NHKテレビテキスト仕事学のすすめ2011年6月)
僕は、このような人間関係がかつてのソニーにあったことを思い出した。1960年、ソニーの森園正彦氏は、厚木の工場にエンジニアを選抜する役目を担った。
それは、まず優秀なエンジニアであることだが、同時に職場で使いづらいと思われ、上司や同僚との人間関係がうまくいかず、浮き上がっていることである。森園の部隊に引抜きをかけても問題が生じない。職場が困らない人材であることだった。
その理由を、森園はこう説明する。
「私は、彼らを決して使いづらいとは思いませんでしたね。彼らは優秀で、とにかく仕事が出来ましたし、またよく仕事をするんです。ただ、上司であれ誰であれ、一言物申すタイプですから、 ( 職場で ) 周囲から浮き上がったり、上司から疎んじられたりするのです。でも彼らは『いざ』という時には頼りになります。開発や何かで難しい問題が生じた場合、これで出来るとか出来ないかとかごちゃごちゃ議論するのですが、彼らは『じゃあ、やってみます』と、すぐ始めるような人たちですから」(「ソニー厚木スピリット」 立石泰則著 / 小学館 )


彼らは、良く働くと同時に、疑問が起こると延々と議論が起こった。もともと、ソニーは「出る杭を求む」とか「英語でタンカをきれる日本人を求む」などと社員募集をしたように、とんがった人間ばかり集まっている。森園氏の厚木工場はそのソニーの中でも、だれかれかまわず議論を吹っかけるのが得意な人間ばかり集めたのだから、昼も夜も職場でも独身寮でも議論の嵐となった。さながら梁山泊のようであったという。(ソニーの猛獣たち)

AVライターの本田雅一氏は
ソニーという会社は、全体のバジェットの中で、比較的自由に技術開発や製品企画 / 開発を泳がせ、自由な発想の “ 欲しい ” と思わせる製品が生まれて来やすい環境を作るのが上手な会社だった。その背景として、自由に社内で競わせながらも、将来を期待できる技術や商品アイディアと、期待できないものを的確に判断し不要な枝は剪定してしまう、技術を評価する目が経営の中にあった。
しかし、ある時期から “ 剪定 ” を上手に行なって枝振りを整える人材がいなくなったように思う。経営の効率化を進める中で、以前よりも遊べない会社になったということもあるだろうが、ソニーが不調に陥る最大の原因は有望な技術と無謀な技術の判断を見誤ったためだ。 (本田雅一の週刊モバイル通信)( 「昔のソニーには猛獣がたくさんいたし猛獣使いもたくさんいた」)
かつてのソニーは、宇宙研と同じように、失敗の中から成果を見出すシステムがちゃんと動いていた。失敗できないようにガチガチに締め付けたところで、画期的なアイデアが出るはずもない。
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