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素人だから言えることもある

「漂流するソニーのDNA」から久夛良木氏の行動を読み解く(ホームサーバの戦い・第126章)

消えた「その逆をやって」

AV Watchなどに連載を持っているジャーナリストの西田宗千佳氏の「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」を読んだ。実は、この本は、4年半前に書いた「美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史 」(講談社BIZ)のVer.2.0だったという。僕は、この本についてもいろんなエントリーで引用している。任天堂とソニーの15年戦争(ホームサーバの戦い・第41章)巨大なライバルを乗り越えるために役立つ『禁じ手』という手法で引用したのが、

山内さんが話してくださった事を、全部書き留めておこう。ソニーは、その逆をやって、まったく新らしいゲームを作ればいいじゃないか」(西田 宗千佳著「美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史」講談社BIZ)( 任天堂とソニーの15年戦争(ホームサーバの戦い・第41章) )
という言葉である。今回の「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」を読んでいて、微妙な違和感を感じた。それは22ページの次の箇所である。
任天堂との交渉を終え、京都から東京へ戻る新幹線の中で、久夛良木は出井にこう呟いた。
彼らから聞いたことを、全部書き留めておこう。ソニーは、そこから学んで、先を行くまったく新しいゲーム機を作ればいいじゃないか」(西田宗千佳著「「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」講談社)
「そこから学んで」ではなく「その逆をやって」のはずだ。そうでなければ、「巨大なライバルを乗り越えるために役立つ『禁じ手』という手法」が成り立たなくなる。間違いだったらと思って、図書館から、「美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史 」(講談社BIZ)を借りてきた。その個所は18ページにあった。
山内との交渉を終え、京都から東京へ戻る新幹線の中で、久夛良木は出井にこう呟いた。
山内さんが話してくださった事を、全部書き留めておこう。ソニーは、その逆をやって、まったく新らしいゲームを作ればいいじゃないか」(西田 宗千佳著「美学vs.実利 「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史」講談社BIZ)
西田氏が「そこから学んで」といささか表現を弱めたのがはたしてどういう意図があったのか分からないが、「美学vs.実利」では、その次の第2章のタイトルが「任天堂の逆を張れ!」というのだから、「その逆をやって」の言葉を受けて書いていると思われる。そもそも、この「美学vs.実利」では、「対任天堂の総力戦15年史」とあるくらい、任天堂との対立の構図が読み取れるが、中身を読めば今回の「漂流するソニーのDNA」と同じくソニーの久夛良木氏の行動を追ったもので、任天堂の話はそれほどない。この「美学vs.実利」のタイトルにしても、著者の西田氏は、こんなツィートをしている。
ちなみに、4年半前にVer.1はだいぶ変わったタイトルで「なんで任天堂との対決的タイトルなのか」と良く聞かれた。実は元々シンプルなタイトルを、と話していたが、営業側より「ソニーがタイトルに入った本は売れていないので『任天堂』を入れろ」と言われ、全力でそれを回避した結果がアレです。
https://twitter.com/mnishi41/status/240259718289973248
まあ、4年半前と言えば、久夛良木氏はソニーを去り、SCEは平井社長のころだった。アップル本なら売れたが、ソニーのタイトルでは売れないだろうと講談社の営業は考えたのだろう。

久夛良木氏が望んでいたのはエンターテイメント・コンピュータ

ゲーム機は安いほど売れる。コンピュータは高くても売れる。その差はターゲットの違いだ。PS3の初めの価格は59800円だった。久夛良木氏は、しぶしぶ価格を下げた。
久夛良木たちは、あくまで「エンターテイメント・コンピュータ」としての販売を考えていたため、五月に発表した価格(59800円)でも良いと踏んでいた。
しかし、市場が求めたのは「ゲーム機」としてのPS3だった。家電として評価すれば高いものでなくとも、ゲーム機としては「高い」と思われていた。
iPodなら5万円でも飛ぶように売れるのに、PS3だと高いといわれてしまうのは少々不公平だ
久夛良木は、エンターテイメント・コンピュータとしてのアピールをしつつ、価格をゲーム機のレンジに落とすことを決断した。当然のことながら、これはソニーとSCEの経営に、甚大な影響を与える。逆ザヤの量が多くなるため、キャッシュフローに与えるインパクトが大きい。また、逆ザヤ解消までの時間が長くなることで、「すみやかにハードウェアからも利益を得て、普及に加速がついた段階で収穫期とする」という、SCEのビジネスモデルにも大きな影響が出る。(西田宗千佳著「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」講談社)
久夛良木氏の美学に付き合っていては金がいくらあっても足りない。久夛良木氏がソニーを離れる時、ストリンガー会長は複数の新聞記者にこう言ったという。
「ケン(久夛良木)の知見は、得難い重要なものだ。彼がソニー・グループにとって不要などということは決してない。でも、ケンはケンでありすぎるんだ」(西田宗千佳著「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」講談社)
久夛良木氏の行動を縛ることはソニーすらできなかった。久夛良木氏の言うとおりに動いていては経営を傾ける。ある意味、アップルを追放されたころのスティーブ・ジョブズ氏に重なる。そういえば、久夛良木氏が、コンセプトを固めるための方法。
PS2開発開始を前に、久夛良木とPS2開発メンバー約35名は、1996年夏、伊豆・伊東の温泉旅館に集まっていた。来たるべきPS2をどのようにすべきか、それを決定するためのブレインストーミングを、徹底的に行うためだ。
会の冒頭、久夛良木は「計算生成でリアリティを生み出す」というアイデアを語った。
エンジニアたちは自分の耳を疑った。
「いくらなんでもそれは無理ですよ」
誰からともなく、そんなつぶやきが漏れた。
実は久夛良木も、自分の言っていることが、技術的にはかなり難しいものであることは分かっていた。

(中略)

SCEで2003年4月から2010年3月までCTOを務めた茶谷公之は、SCEではたびたび起きるこういった風景を、「久夛良木とエンジニアの微妙な距離感」とたとえる。
冥王星に有人飛行しろと言われたら無理だけど、月にならば頑張れば行けるんじゃないかと各人に思わせるようなミーティング」と。
そもそも、久夛良木が語ったことはビジョンにすぎない。その中からエンジニアたちがコンセプトを作り、「その時点では存在しないけれど、実現する可能性のあるもの」を選び、ビジョンに近づけていく。伊東で開かれていたのは、まさにそのための会議だったのである。
「われわれは『言葉』から始めるんです。PS2の場合、『計算で世界を生成しよう、感情を生み出せるようなところまでいこう』とね」
久夛良木はこともなげに語る。(西田宗千佳著「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」講談社)

こうしてできあがったのが、PS2のデモンストレーションで公開されたリアルタイムに動く水に満たされたシンクの中のアヒルの動きだったという。このエビソートでジョブズも同じようなことをしていることを思い出した。アップル・ソニー・ディズニーの共通点で引用した言葉だ。
ジョブズとソニー」で紹介した「スティーブ・ジョブズ偶像復活」の中でマッキントッシュソフトウェアの発売プロモーションを担当したジョー・シェルトンの言葉を紹介している。

 「私がグループに入り、発売後 100 日で7万台、初年度 50 万台というすさまじいMacの販売目標数字を聞いたときは、そんなばかなと思いました。」ところが、スティーブ・ジョブズの魔法薬を飲んでいると、「 2,3 ヵ月のうちに、自分でも同じことを言うし、信じるようになっていました。スティーブは、みんなにすごい影響を与えていました。彼の言うとおりにするのは無理だって頭ではわかるんです。でも、どうしても実現したいという気持ちにさせられ、そのうち、信じるようになってしまうんです」 ( ジェフリー・ S ・ヤング+ウィリアム・ L ・サイモン著/井口耕二訳「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新聞社)

初めは無理だと思っていたが、話を聞いているうちに実現できるんじゃないかと思い、本当に実現してしまうということだ。思えば、スマートテレビやiPhoneiPadで実現されていることは、久夛良木氏の言うエンターテイメント・コンピュータそのものではなかったか。

アップルはゲームビジネスを真似して成功した

西田氏のツィッターを読んでいると、こんな箇所が出てくる。
akoustam‏@akoustam
西田宗千佳さん @mnishi41 の「漂流するソニーのDNA」読了 http://ow.ly/dpfkz 。「美学vs実利」のV2.0的書籍だが、2012年段階でのソニーのポジション再確認には調度良い。それにしてもAppleはほんとゲーム業界を参考に事業やってるよなぁ。

Munechika Nishida‏@mnishi41
@akoustam ありがとうございます。とりあえず、あの話はこれで当面書ききったかな、と。仰るとおり、分析すればするほど、アップルはゲーム業界を真似てビジネスしてます。

akoustam‏@akoustam
@mnishi41 逆に日本のメーカーも、ゲーム業界的なライフサイクルでビジネスモデルを組むのを、他の製品でもやるべきだったんじゃないかと、西田さんの本を読むと思ってしまいます。まぁあれだけの規模の従業員数と工場を維持していくには、そのやり方は難しいんでしょうけど…


Munechika Nishida‏@mnishi41
.@akoustam そのあたりは、商品のミックスの考え方を変えるべきだったんじゃないか、とは思っています。数が出て超寿命の製品と、そうでないものをうまく切り分ける、的な印象で。

akoustam‏@akoustam
@mnishi41 やっぱり日本メーカー全般に「メーカーとはかくあらねばならぬ」「ものづくりとはこうでなくてはいけない」といった変な意識の縛りがあったような気がします。久夛良木さんもSCEという別組織だからこそ、あのやり方が出来た面はありますし。

https://twitter.com/akoustam/status/242256235536203776

なるほどと思って、「漂流するソニーのDNA」からその個所を探してみる。
ソフト以外の点でも、iPhoneを中心としたアップルの施策は「ゲーム機ビジネスの子供」といえる部分がある。それは「量産効果」だ。
アップル製品は、世界中で大量に売れている。だが、商品種別は驚くほど少ない。iPhoneにしても、バリエーションは本体色とメモリーの容量、通信方式ぐらいで、世界中のものを集めても数種類しかない。同じ種別の機器をいっきに大量生産し、一台当たりの開発費の希薄化と、一台当たりの価格低下を狙う。これはまさに、家庭用ゲーム機が仕掛けた「大量生産による価値の最大化」である。事実、実際にiPhoneなどを生産している、製造専門企業である鴻海精密工業は、任天堂SCEマイクロソフトのゲーム機生産も請け負っている。中国などの安価な労働力を生かした量産の恩恵を得ている、という点では、ゲーム機もiPhoneも大差ない。
その上でアップルは、「ネットサービスによって価値を最大化」することで、あらゆる家電メーカーを追い落としていったのである。(西田宗千佳著「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」講談社)
面白いことに、アップルに対抗するためにソニーが打ち出したのは、ソニーモバイル(現PSモバイル)という仕組みだ。もちろん、グーグルのアンドロイドを使ったスマホやタブレットは作る。ソニーモバイルは、その名前通りだと勘違いするが、ソニー製品に限定されない。プレイステーションで動くゲームを他社のスマホでも動くようにしようという仕組みだ。その視点は、今までのようにソニー製品を買ってもらうのを待つという発想ではない。
「OSを限定するつもりはありませんが、まずはAndroidに注力します。数を取りにいくならスマートフォン。そして次にタブレットを狙います。PSS(筆者注:当時。現PSモバイル)のイニシアチブの魅力は、あえてAndroidの世界にプレイステーションが出て行く、ということです。世界中に何千万台とあるAndroid対応のハンドセットの数を生かそうと考えているわけですから、パートナーをこちらから選ぶ、ということはありません。完全にオープンなスタンスです。携帯電話事業者さんでも、端末メーカーさんでもです」(西田宗千佳著「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」講談社)
と平井社長が言う。まさに「プレイステーションどこでも化計画」だ。PS1・PS2の豊富なコンテンツがあらゆるモバイルで動く。久夛良木氏がPS3で、ソニー製のメモリースティックだけでなく、あらゆるメモリーカードに対応したのも、オープン化したいという思いがそこにあったからであり、ソニーモバイルも久夛良木氏の思いを汲んだ平井社長が築き上げた新しいプレイステーションの世界である。
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