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素人だから言えることもある

変化への抵抗~なぜ誰も希望を求めないか

TPP問題を見ていると、日本とは今の状態を変化させることになんと抵抗の強い国民性なのだと思う。前項福島漂流と日本沈没(悲しみが希望に変わるとき・3) で、

誰かが変革してくれるのを待っている間は希望が生まれない事を示している。

と書いたり、「NHK×日テレ60番勝負」T部長ムチャぶりの理由クリエイターは今を否定する。サーバー(奉仕者)は今を維持する。で、現状に対しての果敢な変革への挑戦が必要だと書いているが、日本人の現在に固執する姿を見ていると、この国民性は、永遠に変わらないのかもしれない。テレビの作り方も同様で、あやとりブログの●テレビがつまらなくなった理由(氏家)で元TBSの氏家夏彦氏は、テレビ制作現場の管理職からの要求だという。

「視聴率をとれ」、「番組をハズすな」、「問題は起こすな」、「金をかけるな」という無理難題とも言える要求に応えるため、現場の制作者は少ない予算で確実に視聴率が見込め、問題が生じないような番組を作ろうとする。そうなると今まで誰もやった事のない冒険などできはしない。だからどの局もどの番組も視聴率が計算できる同じようなタレントを使い、同じようなひな壇に並べ(美術セット代が安いし、見やすいし、コントロールしやすい)、スタジオトークを展開し(リスクは少ないし、安い)、画面にはトーク内容をなぞる字幕スーパーをかける(自分の番組だけスーパーをかけずに視聴率が下がるのが怖いので…)。結局、元の番組企画が違っていても、見た目の印象はあまり変わらない番組ばかりになる。

また、そのブログの中では、小牧次郎氏の視聴率原因説も書かれている。

どの番組も放送翌日に出る視聴率のグラフ(1分ごとの視聴率をグラフ化したもの)を元に、どのようなシーンで視聴率が上がったか下がったか、どのタレントが話しているときに上がったか下がったかを分析し、視聴率が上がるシーンを増やし、視聴率の上がるタレントを多く使おうとする。例えば歌番組では楽曲の部分は下がり、スタジオのトークで上がる。これはどの局でも同じだ。となると歌番組は、できるだけ歌を少なくし、大物MCが絡むスタジオトークを多くしようとする。他にも例えば法律を扱う番組では、法律の解説部分は視聴率が下がり、トーク部分が上がる。したがってどんな番組でもトークの分量が多くなる、というよりトーク番組になってしまう。
スタジオトークを最も見やすくするセットが、いわゆる「ひな壇」だ。トークが上手いのはお笑い芸人、だから巧みなMCがひな壇に並んだ視聴率を獲れるお笑い芸人のリアクションを引き出してトークを展開するのが、最も視聴率が獲れるということになる。どの局がやっても同じになる。だから同じような番組しか生まれなくなってしまう。じつに明快な小牧さんの推論だ。

まあ、どちらにしても、朝から夜まで同じような番組が並ぶことになる。これなら、番組のタイトルなど誰も覚えなくて済む。僕は、かつて「守る方程式」というのを考え付いた。これは福知山脱線事故の時思いついたもので、観客の命を守ることよりも、時間を守ること、それは自分の勤務評定に響くので、結局自分の地位を守ることにつながる。

自分の地位を守る>時間を守る=鉄道会社を守る>乗客の命を守る(守るべきなのは自分の地位ではない)

と書いた。これを上からの命令「視聴率をとれ」、「番組をハズすな」、「問題は起こすな」、「金をかけるな」とすれば、この命令を守らなければ、自分の現在の地位が危なくなる。

自分の地位を守る>テレビ局を守る>本当に作りたい番組

ということになる。前項福島漂流と日本沈没(悲しみが希望に変わるとき・3) で、玄田教授の

幸福は持続することが求められるのに対し、希望は変革のために求められる」(「イチローと『希望学』」)

という言葉は「なるほどな」と思った。幸福というのは、今の地位を持続することにあるのだ。したがって、あるかどうかわからない「希望」のために今の「幸福」をなげうつ勇気など誰にもないのだろう