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素人だから言えることもある

「偽り」の風景

「偽」の字が今年の一字に選ばれた。「朝日小学生新聞」では

今年1年を表す漢字決まる「偽」(2007年12月13日付 朝日小学生新聞)

 今年1年を漢字で表すと「偽」——。日本漢字能力検定協会(本部・京都市下京区)が全国からつのった「今年の漢字」が12日、清水寺(きよみずでら=京都市東山区)で発表されました。  応募した9万816人のうち、約18.2%の1万6550人が「偽」をあげました。身近な食品から政界、相撲(すもう)などのスポーツ選手にまで次々とうそや偽りが発覚し、何を信じていいか分からない1年だったというのが理由です。2位は「食」(2444票)、3位は「嘘」(1921票)でした。
 確かに、今年は食品偽装が多かった。でも、去年のほうが今年の一字にふさわしいと思った。というのは、マンションの耐震偽装(造)問題が起きたからだ。さらに、ホリエモン偽計取引、永田議員のカゼネタメール、不二家の食品偽装、まさに、今年よりも昨年のほうがバラエティに富んでいる。さて、これらの言葉を広辞苑で調べてみた。
「偽計」……他人をあざむくはかりごと。

「偽証」……いつわって証明すること。

「偽装」……ほかの物とよく似た色や形にして人目をあざむくこと。

「偽造」……真物に類似のものをつくること。

 すべての文字に「偽」が使われている。「人が為す」と書き、もともとは象使いが象を手なづける(手+象)の会意文字で、そのことから「作為を加えて本来の性質や姿を変える」→「正体を隠してうわべをつくろう」(藤堂明保他著「漢字源」学習研究社)の意味になったという。 「象使いが象を手なづける」これは面白い。
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それでこの漢字の歴史を調べてみた。 (藤堂明保・松本昭・竹田晃 編「漢字源」学習研究社遠藤哲夫著「漢字の知恵」講談社現代新書

 これが「偽」と「象」の成り立ちの違いである。左の「為」と「偽」は違うではないかと思うだろう。 実は、講談社現代新書の「漢字の知恵」(遠藤哲夫著)にこんなことが書かれている。

「爲<為>(イ)」の字は、人の手を表す爪と象とから成る形合成で、人間がゾウを手なずけて土木工事や建設現場で働かせている様子を表したものです。そこから「つくる」の意味が生まれ、さらに「行う・治める」などの意が派生しました。これに人を加えた「僞<偽>(ギ)」は、今日では、「いつわる・にせ」と読まれていますが、元来は人間の行い・人のしわざ、すなわち「人為」のことをいうのです。 『荀子』の中に「人の性は悪にして、其の善なる者は偽なり」といういわゆる性悪説の提言がありますが、これは人間の生まれながらの本性は悪であって、そのまま放置すれば必ず争いや奪い合いが起こり、人を傷つけ殺し合い、社会の秩序や礼儀は滅びてしまう。それにもかかわらず現実に社会の秩序が保たれて善の状態があるというのは、教育や指導という人為的努力が人間に施された結果であると述べているわけです。

 ただし、人為人工の営みは往々にして自然と背反し、たくらみの心が伏在するところから、この文字に「いつわりあざむく」とか「にせ」の意味が生じ、「偽作・偽善・虚偽」などと使われるようになったのです。  『老子』の中に「大道廃れて仁義有り、智恵出でて大偽有り」の句があります。無為自然の本来的な人間の生き方がすたれ滅びてしまったために仁義のような道徳が説かれるようになり、人間がこざかしい知恵を働かせるようになったために、限りない偽善や詐欺が横行することになったと指摘しています。

 「偽」のつく言葉の流行は人間が本来持っているはずの「真実を見つめる心」を覆い隠し、何が真実かが見えてこなくなったためではないだろうか。人間がそこにかかわると、いつも「偽善」のにおいがするのは、世間全体が「人間不信」に陥った証拠である。
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