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毎日新聞の「WaiWai」騒動は、新聞の「あるある大事典」

「WaiWai」問題

 今日7月20日の毎日新聞にこんな記事が掲載されていた。
英文サイト出直します 経緯を報告しおわびします

 毎日新聞社は英文サイト「毎日デイリーニューズ」上のコラム「WaiWai」に、極めて不適切な記事を掲載し続けていました。内部調査の結果を22、23面で報告します。日本についての誤った情報、品性を欠く性的な話題など国内外に発信すべきではない記事が長期にわたり、ほとんどチェックなしで掲載されていました。多くの方々にご迷惑をおかけしたこと、毎日新聞への信頼を裏切ったことを深くおわびいたします。監督責任を問い、総合メディア事業局長だった渡辺良行常務らを20日付で追加処分しました。

何が問題なのか。そこで、「WaiWai」のタイトルを並べてみた。
「セックスに病みつき」(1999年9月26日配信)

「欲求不満の紳士を狙うセクシーな詐欺」 (1999年10月31日配信)

「日本人の母は、成績を落とさないためにフェラチオをする」(2002年1月6日配信)

「ファストフードは女子高生たちを性的狂乱状態におとしいれる」(2002年6月19日配信)

「セックス、レイプと奴隷が休日の病的なメニューに加えられる」(2003年7月5日配信)

「女性の性的関心の進化が早すぎて、男が追いつけない」(2003年8月14日配信

「伝統的な日本の入れ墨は、痛みの印を"立派な"若者に刻み込む」(2003年8月25日配信)

「看護婦のトンでもない生活」(2004年3月14日配信) (毎日新聞問題の情報集積wiki毎日新聞英語版から配信された記事一覧より)

タイトルから見る限り、セックスとエロのオンパレードである。英文サイト問題検証(1) チェックなく素通り 外国人記者任せによると、
「WaiWai」は、毎日新聞が発行していた英字紙「毎日デイリーニューズ」のコラムの一つで、1989年10月に連載をスタートした。硬いニュースだけでなく、「軟らかい読み物」も扱おうと、国内の週刊誌や月刊誌の記事を引用しながら、日本の社会や風俗の一端を面白く紹介する狙いだった。

 英字紙の時代は、毎週日曜日に1ページを使って記事6本と雑誌の見出しだけを紹介するスタイルが定着した。英文毎日編集部の外国人記者や社外の外国人ライター3〜5人が執筆。取り上げる雑誌も外国人が中心となって選択していた。執筆した外国人ライターの一人は「現在の日本はこうなっている、ということを描いていて、外国人記者の間で話題になっていた」と振り返る。

(中略)

 担当記者は日本語を理解するバイリンガル。政治ニュースから話題物まで、硬軟双方をこなせる翻訳能力の高さを周辺は評価していた。

 05年4月に英文毎日編集部長の下で、MDNの編集長に就任する。編集長は社の職制上の肩書ではないが、担当記者はMDN全般を統括する立場となった。名刺には「毎日デイリーニューズ編集長」と表記した。

 当時デジタルメディア局長だった長谷川篤取締役デジタルメディア担当は「外国人スタッフのインセンティブ(やる気)向上のために抜てきした。非常に社交的で意欲があり、スタッフの中で最もよく仕事をしていた」と話す。

 一方で、担当記者が性的な話題をおもしろがることを心配する声もあった。

 担当記者は常にMDNに関心が集まることを意識していた。「母国での就職難のため来日した。仕事を失うことに恐怖感があり、MDNを閉鎖する言い訳を誰にも与えたくない」とも考えていたという。「性的な話題を取り上げるとユーザーの反応がよかったので、そういう話題を取り上げた」とも述べている。(英文サイト問題検証(1) チェックなく素通り 外国人記者任せ

 ウェブへの移行後、事情はさらに変化する。「WaiWaiは人気コンテンツだし、週6本から8本にして毎日掲載しようという話になった」(担当記者)が、体制が追いつかず、チェック役を務めていた編集者も一般ニュースに集中せざるを得なくなった。

 日本人スタッフによるチェックはニュース原稿が中心で、結果的に「WaiWai」の原稿は編集者の目を通らず、リバイザーと呼ばれる英文の体裁を整える役目の外国人スタッフのチェックだけを受けて、そのまま掲載されることが日常的になった。

 外国人スタッフの一人は何度か内容について注意したが、担当記者は「批判されると僕も反発した。(編集長になってからはスタッフが原稿を)ボツにできる雰囲気ではなかったかもしれない」と振り返る。(英文サイト問題検証(2) 読者受けを意識 過激に

検証チームの分析

チェック機能に欠陥

 「WaiWai」に不適切な記事が掲載され続けたのは、▽原稿が妥当かどうかをメディア倫理に照らして精査するデスク機能がなかった▽執筆陣が男性に偏っていたため女性の視点がなかった▽スタッフは外国人のみで日本人の視点が欠けていた——の三つの編集上のチェックの不在が直接の原因と言える。

品質管理体制の不在

 毎日新聞本紙の場合、紙面審査委員会や「開かれた新聞」委員会などを通じて、記事内容は常にチェックされるが、MDNには、そのようなシステムはない。担当記者が書いた原稿がそのまま掲載され、不適切な記事が見過ごされ続けた原因は体制上の欠陥にもある。

記者倫理の欠如

 担当記者は「毎日新聞の信用を傷つけてしまうかもしれない」との認識を持ちながら、不適切な記事を頻繁に翻訳し、「元の記事の内容について責任を負わないし、正確さも保証しない」という断り書きを付けることを免罪符に記事を書き続けた。記者倫理を大きく逸脱したものだ。

英文サイトへの認識不足

 ウェブに移行した時、海外も含めた社外に英文で情報を発信することの重要さについての認識が社全体に足りなかったことも指摘せざるを得ない。英文毎日編集部における「WaiWai」の編集方針の議論が決定的に欠ける中、歴代の上司は、自らの媒体の内容を把握するという基本を怠った。

批判への対応鈍く

 ウェブ版がスタートした01年4月から08年3月までに寄せられた苦情は確認できただけで15件あった。しかし、注目されるコーナーだったためもあり、外部の声に真摯(しんし)に耳を傾ける姿勢が担当記者にも幹部にも欠けていた。(検証チームの分析——要因 複合的に)

「WaiWai」と「あるある大事典」の共通点

 ここにあるのは、ジャーナリズムのかけらもない受けるためには何でもするという記者の姿勢である。思い出すのは、「あるある大事典」との共通点である。そこで、「テレビ局は永遠に間違え続けるのか」から、あるある大事典調査報告書と並べてみた。

(1) 当事者意識の欠如=記者倫理の欠如

あるある 多くの関係者から、その番組、そのテーマ、その事実に対して強い関心を持ち、敢然と取り組むのだ、という明確な意欲や意気込みを感じ取れなかった。

WaiWai 担当記者は「毎日新聞の信用を傷つけてしまうかもしれない」との認識を持ちながら、不適切な記事を頻繁に翻訳し、「元の記事の内容について責任を負わないし、正確さも保証しない」という断り書きを付けることを免罪符に記事を書き続けた。

(2) リサーチの軽さ(事実・真実・知識への安易な取り組み)= チェック機能に欠陥・品質管理体制の不在
あるある あるテーマを設定し、それについて番組を作ろうとするとき、何より重視されるべきは、そのテーマ自体に関するリサーチである。とりわけ「あるあるⅠ」「あるあるⅡ」の場合、テーマの核心には特定の食べ物や知識やノウハウなど、具体的なモノ、具体的な研究成果、具体的な事実を想定していたのであるから、きちんとしたリサーチこそが番組の骨格を作り、固めるために不可欠であった。

 しかし、その実態を見ると、専門的なリサーチャーは、再委託された制作会社に1人か2人いただけであり、それもほとんどは必要に応じて外部のリサーチャーに調査を依頼する程度であった。一方、リサーチャーもインターネット検索や電話による問い合わせ程度の調査しかしていないし、ディレクターに同行して専門家の説明を聞きに出向くことがあった場合も、それ自体がすでに放送を前提としたカメラ取材になっている。このリサーチの薄さ、事実や真実や知識に対する安易な取り組み方には、驚くというよりは、唖然とするしかない。

WaiWai ▽原稿が妥当かどうかをメディア倫理に照らして精査するデスク機能がなかった▽執筆陣が男性に偏っていたため女性の視点がなかった▽スタッフは外国人のみで日本人の視点が欠けていた——の三つの編集上のチェックの不在が直接の原因と言える。

担当記者が書いた原稿がそのまま掲載され、不適切な記事が見過ごされ続けた原因は体制上の欠陥にもある。

 検証した「開かれた新聞委員会」委員の玉木明氏は、

 ネットには「情報の情報化」をもたらす機能がある。新聞も週刊誌も個人ブログもその個別性を奪われ、ただ情報として並列に並べられる。このコラムの筆者はそういうネットの感覚に陥り、アングラでわいせつな雑誌記事を引用して一般紙である毎日新聞のメディアに載せてしまった。ここでの記者の仕事は、原稿を書くというより、情報を処理する作業に近い。

 こうしたことをやってしまう記者個人の資質はどうなのか。訓練を受けたことのあるジャーナリストとは思えない。日本のメディアに対して十分な知識があったのだろうか。彼が翻訳していた雑誌の中には、きちんとした裏付けを取らない記事もある。そもそも雑誌の記事を引き写して新聞メディアに載せる感覚は、普通の新聞記者ならば持ち合わせない。(「開かれた新聞」委員会委員に聞く(3)◇デスク機能ないまま放置——フリージャーナリスト・玉木明氏)

 玉木氏は、担当記者のプロのジャーナリストとしての資格を疑っている。メディアに対する安易な取り組みの姿勢は、「WaiWai」も「あるある大事典」も共通している。インターネットで、情報が簡単に手に入る時代である。自分たちがメディア側だから、プロだからという理由で情報が手に入るわけではないのである。読者や視聴者もまた、同じ情報が手に入るのだ。それを誤解して裏づけも取らずに、流してしまえば、ただのネットのヨタ記事と変わりはない。新聞社やテレビ局は、彼らをプロのジャーナリストとして育てる義務がある。少なくとも、(新聞代やスポンサーから)金を取って(彼らに給料を払って)いる限りは。そうでなければ、読者や視聴者は詐欺にあっているのと変わらない。


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