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素人だから言えることもある

考えること・考えないこと

 前項「読売新聞「新聞が必要 90%」の謎」で明らかになったのは、考えない新聞記者が増えてきているという事実であった。「考える」というのは、集められた多くの素材をいったん、自分の頭の中に収め、その中から記者独自の熟成された文章を取り出すという行為である。誰もが同じ文章になるならば、新聞記者など必要は無い。そして、多くのジャーナリストが、新聞記者から独り立ちできるのは、この「考える」行為が優れているからである。「考えない記者」というのは、形はそろっているが、その文章に心がこもっていないから、何を云いたいのかわからないという文章である。つまり、文章に手を抜いているのである。このような「考えない人間」があらゆる業界に増えている。いや、子供のころからそうらしい。

 日経ビジネスオンラインで、[養老孟司×隈研吾「ともだおれ」思想が日本を救う]という座談会が開かれているが、「都市の民、中国・畳の民、日本」の中でこんな一節があった。

養老 この間、広島の「スーパーサイエンスミュージアム」が三瓶山で主催した虫取り教室で、子供を30人ぐらい集めて 連れて歩いたんですよ。僕は夢中で虫を取ってね。だいぶやってから、はっと気が付いて後ろを向いたの。そうしたら、なんと僕の後ろに子供たちが全員いる。 1人も道に外れていない。お前ら、何で、道を外れないんだ、と(笑)。

 みんな迷子になっても、おかしくないシチュエーションですよね(笑)。

養老 道を外れて虫を取っているのは俺だけ。今の子供は道に外れたことはしないんだねえ(笑)。 (都市の民、中国・畳の民、日本)

 「考えること」というのは、道に外れることである。一本道を通っていたのでは、前しか見えない。道を外れるから、全体が見える。なぜ、道を外れないのか。それは、失敗を恐れるからだ。「iPhoneを発想できなかった日本」でiモード事業を立ち上げた夏野剛氏の言葉を取り上げた。
——なぜ作れなかったんですか。

 社長じゃなかったからですよ。こういうものを作ろうと思っても、反対が多くて一役員の立場では無理だった。かなり頑張ったんですけどね。

——端末メーカーでやる気のある企業はなかったんですか。

 要は収益の負担を背負っていなければ、リスクを取れないということです。ドコモで私はiモード事業全体に関して責任を負っていました。だからこそリスクを一番取れた。一方、メーカーの開発部門の長は、リスクを取れる立場にない。納入価格を安くしたり、納入時期を守ったりすることがミッションになっています。(トップが信念を貫かなければ,「iPhone」は作れない)

 このリスクを取れる立場、つまり社長にならない限り、考えること自体が無駄になる社会になっているのが現状だ。子供のころは、将来に大いに夢を羽ばたかせ、社会に入ったとたん、たちまち失敗を恐れて萎縮する。このような失敗を許さない社会こそ問題なのではないか。

 また、日経ビジネスオンラインで武田薬品の会長の話が載っていた。

 私の小さい頃からの信念なのですが、上が「やれ」と言うだけでは下は動きません。自分からやらなくちゃ誰もついてこない。トップが本当に動いて、それを見せつける。それによって「ああ、本当にやるんだな」と下の意識を変えていかなければうまくいきっこないんです。

 普通の人は「やるぞ、やるぞ」と言いながら、自分では何もしない。怖いんですな。失敗したら自分の責任が問われますから。

 実行は誰でもできるんです。問題は、それで結果が出るかどうかです。結果が出なかったら、自分のクビが飛びますからね。ですから、怖いんですよ。近頃の 新聞には「改革」という言葉が躍っていますが、失敗する方が多いから、利口な人は絶対に手を出さない。改革なんて一番バカな人がやることなんですよ。バカじゃなかったらできません。(「バカ」でなければ改革はできない 武田 國男(武田薬品工業会長)— 第1回 経営者の矜持)

 社長になれたからバカなことができた。だが、社長になれない人間にはバカをすることはできないのか。それでは、ますます考えない人間が増えるだけではないか。もちろん、考えることは年中考えている。ところが、実行する自信が無い。だから、考えないようにしようとしているのではないか。


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