夢幻∞大のドリーミングメディア

素人だから言えることもある

情報通信法と民主党メディア改革

情報通信法とテレビ局

 2009年8月11日の毎日新聞に、こんな記事が載っていた。
通信・放送融合:番組制作に認定制 ネット規制は見送り−−総務省委

 通信・放送の融合を議論している総務省の検討委員会(主査・長谷部恭男東大教授)は10日、地上波のテレビ、ラジオ放送の認可を、電波を送信する設備(ハード)と番組制作(ソフト)とを別々に認定するよう求める答申案をまとめた。月内の最終答申を受け、総務省は次期通常国会への法案提出を目指す。
 答申案は、通信と放送を「地上放送」「衛星放送」など事業形態ごとに分ける現行制度を、(1)電波を送信する「伝送設備」(2)他社の番組放送を請け負う「伝送サービス」(3)番組制作業務の「コンテンツ」−−の3分野に再編するよう提言した。
 地上放送は現在、ハード・ソフト一体で放送免許を付与し、免許の交付・更新時は放送設備や財務面を中心に審査している。
 日本民間放送連盟は6月、検討委の審議内容について「放送業務に行政が介入しやすくなる恐れがある」と懸念を表明。このため、答申案には「放送番組の編集の自由を規定する」ことを盛り込んだ。
 検討委は、当初はインターネットに流れる映像や情報なども規制対象とする方向だったが「表現の自由に抵触する」との反対意見が相次ぎ見送った。
 民主党は総選挙に向けた政策集で、放送局への国家権力介入の抑止を目的に、通信・放送行政を総務省から分離し、新設する独立行政委員会に移す方針を掲げている。衆院選で政権交代が実現すれば、答申案の見直しを迫られる可能性がある。

 今まで、総務省は放送免許を通してテレビ局を審査してきた。これからは、インフラからコンテンツである番組にも介入しようというものだろうか。確かに、最近のテレビ番組の実態を見れば、いささか介入も仕方ない面もある。しかし、政府の省庁である総務省が番組を審査するとは問題ではないだろうか。ところで、僕は、この法案を「日本にジャーナリズムが育たない理由」で取り上げている。それが「情報通信法案」(仮称)である。
2010年にはインターネットを規制する「情報通信法」なるものが上程されるという。その特徴は、(日本にジャーナリズムが育たない理由

�独立行政委員会ではなく総務省が管轄する、�規制対象が欧米に比べ格段に広い、�名誉毀損表現も規制対象とする、�フィルタリングソフトのあり方に政府が関与するという点で、日本独自のものといえる。さらに、�政府による包括的かつ直接的な規制が行われないうえ、�名誉毀損表現について罰則を付与されかねないという独裁国家なみの規制も用意されている。(日隅一雄著「マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか」現代人文社)

ところで、この総務省の答申に対して、民放が一斉に反対している。当然、自分たちの番組制作権が侵害されることだが、一方で通信業者の参入も許したくないという気持ちも動いているという。ASCIIで経済学者の池田信夫氏がこう書いている。
 総務省の情報通信審議会が6月に出した情報通信法の答申案に対するパブリック・コメントが7月22日に公表されたが、テレビ局が反発しているのが目立つ。最大の焦点は、放送設備(インフラ)と番組(コンテンツ)への規制を分離し、番組制作業務を「認定」する制度だ。今はテレビ局の無線送信設備に免許が出され、その局が番組制作を一体で行なう経営形態しかないが、情報通信法ではインフラとコンテンツを階層別に規制する方針に変えようというものだ
 当初の方針では、通信・放送に関連する9本の法律をすべて廃止し、情報通信法によって通信と放送の融合したメディアの実態に即した規制体系にする方針だった。しかしテレビ局がインフラ・コンテンツの水平分離に強く反対したため、既存の局には手をつけず、新たに免許を交付する場合に限って水平分離しようというものだ。これでは通信と放送の境界は残ってしまい、テレビ局の既得権にも手はつけられない
 なぜテレビ局は、水平分離を恐れるのだろうか? インターネットでは、インフラとコンテンツはもともと分離されている。読者のあなたがASCII.jpにアクセスするとき、アスキー・メディアワークス社の回線でなければアクセスできないということはない。インフラは世界共通で通信会社が管理し、コンテンツはあなたが自分でブログに書くこともできる。このような自由度の拡大によって、ウェブは爆発的な拡大をとげたのだ。
 しかしそれがまさに、テレビ局の恐れることだ。もし現在のテレビ局の電波とコンテンツを分離して参入を自由化すれば、コンテンツ制作能力のない携帯キャリアがテレビ局の中継局を買収し、携帯向けコンテンツを大量に流すことも可能になる。コンテンツもヤフーや楽天などのインフラを持たないサービス業者が参入できるようになる。だから水平分離を阻止することが、テレビ局の生命線なのだ。(通信と放送の融合を恐れるテレビ局・池田信夫の「サイバーリバタリアン」)
 だから、池田氏は「表現の自由」というのは、テレビ局のいいわけだというのである。ともかく、今回は、テレビ局自身の既得権は守ったわけだ。

マニフェストに書かれなかった民主党のメディア改革

 毎日新聞の末尾の記事が気になった。民主党は総選挙に向けた政策集で、放送局への国家権力介入の抑止を目的に、通信・放送行政を総務省から分離し、新設する独立行政委員会に移す方針を掲げている。とあるからだ。
 それについては、13日のダイヤモンドオンラインに載っていた。ジャーナリストの神保哲生氏の 民主党政権が実現すると、何がどう変わるか?のシリーズで、その名も「大手メディアが決して報じない、「メディア改革」という重要政策の中身」
・政府の記者会見をすべてのメディアに開放し、既存のマスメディアの記者クラブ権益を剥奪する。
クロスメディア(新聞社とテレビ局の系列化)のあり方を見直す。
・日本版FCC(米連邦通信委員会のように行政から独立した通信・放送委員会)を設立し、放送免許の付与権限を総務省から切り離す。

・NHKの放送波の削減を検討する・・・等々
 これらの政策はいずれもマニフェストには載っていないが、民主党の正式な政策だ。記者会見の開放はマニフェスト発表の記者会見で鳩山由紀夫代表自身がはっきりと明言しているし、その他はすべて『民主党政策集INDEX2009』に明記されている。
 お読みいただければわかるように、民主党政権では、マスメディア自身が主たる既得権益者として改革の対象となっている。そして、不思議なことにその事実はまだほとんどの人に知られていない。(大手メディアが決して報じない、「メディア改革」という重要政策の中身)
 この内容は、マス・メディアにとって恐るべきものである。なぜなら、「日本にジャーナリズムが育たない理由」の3つの理由(1) 独立行政委員会の不存在(2) 系列化(3) 広告一業種一社制の不採用の2つと記者クラブ問題(記者クラブについては、ブログ・ジャーナリズムは誕生するかなど参照)が含まれているからだ。

 そこで現状と民主党の政策案と並べてみる。

(1)独立行政委員会の不存在
 放送行政において、独立行政委員会が設置されておらず、政府(総務省)が直接免許を与えるため、政府・与党による直接的な圧力が可能となっていることだ。
 そもそも、放送に使用できる電波に限りがあるため、放送局は電波を利用するための免許を受けて放送事業をしている。先進諸国では、放送の影響力の大きさから、放送事業は政府から独立した独立行政委員会が司っている。しかし、日本では、この免許を直接、政府(総務省)が与えるなど、放送行政を司っているため、政府が免許の更新をしないという無言の圧力をかけたり、行政指導の形による圧力を直接放送局に加えることが可能になっている。(日隅一雄著「マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか」現代人文社)

通信・放送委員会(日本版FCC)の設置
通信・放送行政を総務省から切り離し、独立性の高い独立行政委員会として通信・放送委員会(日本版FCC)を設置し、通信・放送行政を移します。これにより、国家権力を監視する役割を持つ放送局を国家権力が監督するという矛盾を解消するとともに、放送に対する国の恣意的な介入を排除します
また、技術の進展を阻害しないよう通信・放送分野の規制部門を同じ独立行政委員会に移し、事前規制から事後規制への転換を図ります。
さらに、通信・放送の融合や連携サービスの発展による国民の利益の向上、そしてわが国の情報通信技術(ICT)産業の国際展開を図るため、現行の情報通信にかかる法体系や規制のあり方などを抜本的に見直していきます。(民主党政策INDEX)

(2) 系列化
 新聞、テレビ、ラジオなどのマスメディアは、それぞれが営利企業であり、当然、各業界としての利権がある。たとえば、新聞社は、再販制度、特殊指定で全国一律横並び価格でも独禁法違反を免れているし、政府からの広告収入の不透明さなどの問題を抱えている。テレビは、そもそも免許制度だし、本格導入された地上デジタルも巨額の税金が投入されている。ラジオも免許制度だし、政府広報の収入などの問題がある。
 だからこそ、海外先進諸国では、異業種メディアの所有(クロスオーナーシップ)は原則として禁止されている。一般的に、クロスオーナーシップ規制の目的は「言論の多様性の確保」といわれる。しかし、さらに突っ込んで考えると、この利権構造によって政府と密接な関係ができてしまうことによって、言論の多様性が失われることが問題だ。(中略)政府ときちんと立ち向かうためには、新聞、テレビ、ラジオが互いに監視し、批判しあわなければならない。それによって、政府との「甘い」関係を断ち切ることができる
 ところが日本では、3つのメディアが一つの資本によって支配されているから、互いに批判することができなくなっている。結局、メディアは政府に財布を握られたままとなっている。そんなメディアに、政府を監視することを期待できるだろうか? (日隅一雄著「マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか」現代人文社)

通信・放送行政の改革
近年の技術革新により通信と放送の融合が進展しており、既存の通信・放送に関する法体系の総合的な見直しが課題となっています。現代の通信・放送の融合時代に対応した法制のあり方を検討します。
同時に、多様なメディアが存在する現状にかんがみ、表現の多様性を確保するために、クロスメディア所有(同一の者が新聞・テレビ・ラジオなど複数のメディアを所有すること)の是非も含めたマスメディア集中排除原則のあり方を検討します。(民主党政策INDEX)

 もちろん、このままで法案は通るとは思えないが、少なくとも政治とメディアが直結していた不自然なジャーナリズムが改善されることは大きい。同時に、今までのマス・メディアの存在意義が揺らぐことを意味する。
 しかし、これらの改革はどのメディアも報道していない。しかも、民主党もわざわざ事を荒げる必要はないといわんばかりである。民主党がメディアで好調なのは、ひょっとしてこの法案を爆弾にして脅しているからで、政権をとったら、ただの政策集だといって済ますというマス・メディアとの密約があったりして。小沢氏や鳩山氏の献金問題も、マス・メディアとの前哨戦だった可能性さえある。やるぞ、やるぞといって、脅すのは小沢氏のいつもの手なのでしっかりと見守っていきたい。それほど、政界とマス・メディアの関係はドロドロしているので、ひと波乱もふた波乱もありそうである。
ブログパーツ