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素人だから言えることもある

抜き書き・マイケル・サンデル 究極の選択「大震災特別講義〜私たちはどう生きるべきか〜」(2)

危険な任務は誰が担うべきか

マイケル ありがとう。議論が深まってきた。
さて、ここから原発での作業にあたる人たちの英雄的な行為に焦点を当てよう。勇敢にリスクに立ち向かう日本の作業員という見出しがニューヨーク・タイムズ(3月16日)にも掲載されている。ここでひとつ、倫理道徳上の難しい問題がある。それは、危険な任務は誰が担うのか、という問題だ。任務にあたる人々を何を基準に選べばよいのか。この2つのインタビューを聞いてもらいたい。

危険な任務は誰が担うべきか(VTR)

とても心に迫るインタビューだったのではないだろうか。これは危険な任務に立ち向かった数多くの英雄のうちの2人の言葉だ。ここでみんなに考えてもらいたいことがある。
危険な任務に立ち向かう人たちは、何を基準に選ばれるべきなのだろうか。コミュニティ全体のために、危険な任務を引き受けようとする人たちなのだから、そうした仕事には、ボランティア、すなわち志願をした人たちだけが、割り当てられるべきなのか、それとも、ある特定の人々が義務を担っているのだろうか。
たとえば、原子力発電所に勤める人や、消防、あるいは自衛隊で働く人たちだ。あるいは、その人物に家族があるかないかということを考慮すべきなのだろうか。そして、年齢というのは何かの基準になるのだろうか。奨励金や高い賃金といった、経済的な動機付けは必要だろうか。この命がけの作業のために、日当40万円を提示された人もいるという記事を目にしたこともある。危険な任務は、誰が担うべきか。東京、上海、ボストンの三か所で聞いてみたい。では、上海の女性から。

楊(ヤン)寛(復旦大学) まず、任務に就く人は志願制であるべきだと思います。そして、特定の任務を果たせる技術を持っていること、原発の作業であれば、もちろん、原発を理解している人でなければないといけません。そうした人の中でも、自ら進んで国全体を助けたいという気持ちを持った人でなければなりません。さらに、家族がいない人や、年配の方のほうがふさわしいと思います。なぜなら、家族がいる人には、例えば老いた両親や小さな子供を守る義務があり、家族は彼らのことを必要としているからです。そのように考えると、年配で家族がいない人というのは、一つの選択の基準になるのではないでしょうか。さらに金銭的なサポートは、必ず必要だと思います。とても危険な作業に挑むわけですから、やはり、政府や社会が、その人の家族の将来について経済的な補償をするべきです。そうすることで、安心して任務につけると思います。

マイケル いいだろう。ボストンで意見のある人は?

ハーリーン・ガンビール(ハーバード大学) 上海の方の言っていた特別な報酬についてですが、私は賢明な選択ではないと思います。なぜなら、危険な任務に就く人々、例えば、アメリカ軍の兵士を例にとると、あくまで、国への忠誠心から、その仕事に就くべきであって、報酬を厚くすると、経済的な必要性に迫られて、志願する人が出てくるかもしれません。それでは、フェアと言えないと思うんです。もし、自発的に志願する人だけで足りないのであれば、国民すべてに義務付けるべきです。特殊な技術が必要な場合は、そうした技術を持つ人すべてを対象にすべきです。報酬という要素を持ち込むのは、不公正を招くと思います。

高額な報酬での募集は公正か

マイケル では、皆はどう思うだろうか。専門的な技術は必要ないが、危険な任務に、高額な報酬を提示するのは、正義に反すると思う人。逆に報酬を挙げて募る人は合理的だと思う人は? じゃ、ボストンから。

リチャード・ニューコム(ハーバード大学) この場合、本人の同意が最も重要です。危険性がきちんと説明され、嘘や隠し事がなく、自分がどのような作業するかを理解したうえで引き受けるなら、それにふさわしい権利があると思います。もちろん、志願して参加するということがあってもいいと思います。国の非常事態に貢献したいという人が名乗り出ることもあるでしょう。そういう人たちにとって、報酬は重要ではないかもしれません。でも、大きな危険に身をさらすのであれば、報酬は受け取って当然だと思います。

マイケル いいだろう。反論のある人は?リチャードへの反対意見を聞いてみたい。

朝谷実生(東京大学)  私は反対です。本当にそれが志願制であるのか、それが本当の自由な意思に基づいているといえるのかどうかは疑問に思います。経済的な状況など、さまざまな個人的な立場もありますし、そのような状況に受け入れないと受けざるを得ないような立場にいる人もいると思うので、必ずしもそれが完全に自由な選択だとは言いきれないと思います。本来ならば、私たち全員が行かなければいけないと思います。なぜならば、私たちは東京電力の電力を使うこと、東京電力にお金を払っていることによって、東京電力、そして原発というものに支持をしていたからです。私たちがそれを支持し、支持していたものが、問題を生じさせたのだから、私たち全員が本来ならば、その原発の対処にあたらなければならないと思います。

マイケル 実生の意見はこうだ。問題の責任を皆が共有すべきだと。できる人全員が力を合わせてこの問題の解決にあたるべきだと。いいだろう。では、リチャードの意見と実生の意見が分かれた。では、上海に聞こう。リチャードの意見に賛成の人は(上海2人/8人中)手を挙げて。前列、2人目の人。

沈(シェン)一氷(復旦大学) 誰かに向かって、国のために犠牲を払ってください。コミュニティのために犠牲を払ってください。自分の安全を犠牲にしてくださいと押し付け、強制するのは許されないことだと思います。ですからこの場合は何らかの金銭的な報酬、インセンティブを与えるということは、私は妥当なことだと思います。

マイケル つまり、君の考え方はこういうことで間違いないだろうか。君の意見によると、電力会社の人や消防隊、自衛隊の人々に、自らの安全を犠牲にするような危険な任務を義務付けるのは間違っているということだね。
リチャードの言うように、人々はやはり報酬と引き換えにそうした危険な任務に就くのが望ましい、ということだね。

沈(シェン)一氷(復旦大学) それは状況次第です。事故に関係する従業員には、任務を担うべき義務がそもそもあると思います。しかし、緊急事態に対応するため、追加的に駆り出される作業員、しかも、その会社の社員ではない人々、つまり、義務を負っていない人の場合は、報酬が必要だと思います。

マイケル いいだろう。やはり、報酬は必要だという意見だ。では、反対の意見は?
リチャードたちが言った、金銭的なインセンティブ、報酬に反論がある人は?

坂本龍一(中央大学) 私は必ずしも、インセンティブが有効に機能するとは考えません。なぜならば、お金で雇ったということで、例えば、世の中にはお金持ちの人も貧しい人もいるんですけれども、全員が家族というものを持って、その家族の価値を、貧しい人のみが家族を犠牲にさらさなくてはならなくて、お金のある人のみが家族とともにあるというのは、それはまさに不公平だと思うんですね。そういうのを、インセンティブのみを機能させるということは非常に難しい、無理矢理やとわれてリスクの高い仕事をやらされるというのでは、おそらく、そういう人たちは一生懸命働けないのではないでしょうか。そう考えました。

マイケル 龍一、ではどのように選ぶべきなのだろうか。

坂本龍一(中央大学) 私は基本的に、力のある者の責任かあると思っていて、やっぱり年を取っているから行きなさいとか、お金がないから行きなさいというのは説得力を持ちません。基本的にその状況に対応できるような力を持ち、なおかつ自発的にイエスと言ってその危険な仕事に立ち向かう人を選抜すべきだと私は考えます。

マイケル いいだろう。では、上海で、後ろの女性。君ならどうする。

蒋(ジャン)俊潔(復旦大学) 私も報酬を与えるということには反対です。経済的に貧しい環境にある人たちに、不公正が生じるからです。それに、命に値段をつけるようで、納得がいきません。例えば、5000ドルの報酬と言われたら、なんだかその人の命が5000ドルの価値しかないと言われているようで、居心地が悪いです。

マイケル ボストンでは必ずしもリチャードに賛成の人ばかりではなかったようだが、反対意見は? 前列の女性は?

ローラ・グッゲンハイマー(ハーバード大学) 私としては、そういう英雄的な行動について、報酬を挙げたいという衝動にかられます。でも、それは事前に提示するようなものでもないと思います。何らかのほかの形で、事後でよいと思います。無償で志願する人を有償にすべきなのはその通りですが、ただ現実問題としては、いろいろな問題が出てくるだろうと思いますけれども。

小林悠太郎(東京大学) この問題をフェアに扱うことは難しいと思います。というのも、これが100パーセント死に及ぶミッションだとしたらどう思いますか、ボランティアで、例えば1万人必要ですとしたら、絶対集めることはできないと思います。その時、やはり高いインセンティブを与えて、フェアではないことを認めつつも、すごい国全体世界全体があなたたちを熱くサポートしていることを見せるべきだと思います。それの一つの手としてお金があると思います。

マイケル いろんな意見が出てきた。非常厳しい困難な任務にあたる人々をどうしたらフェアに選ぶことができるのか、さて淳子さんにお尋ねします。いろいろな意見が出てきました。さまざまな角度から考えなければならない要素があると思います。
例えば、家族の有無を考えるべきなのか、金銭的な報酬があるべきなのか、年齢が選択に関係あるのか。

高畑淳子 ええ、私は、女優をしています。人の前に立つのが好きなんだと思います。文字を書くことがとても嫌です。その反対に、文字を書くことが好きな人がいます。それが人の資質だと思っています。私は、人のために、どこかに行って何かをして来いなんて、それができる方はわかりませんけど、その資質を持っている方が自衛隊とか消防隊に入っていらっしゃるのだと思っています。もし、私が、そういうことが好きな子供を持っていたら、止められません。そういう子を持っていたら、親としては、行くなと言いたいですが、もう、あきらめるしかないと思っています。

石田衣良 ちょっと補足していいですか。マイケルさん。ええとですね。今、あの高い報酬が前提としているような話が続いてますよね。ですが、現実問題として、自衛隊の方も消防隊の方もわずかな危険手当をもらっているだけで、ごく通常の給料で働いているっていうことを皆さん、忘れないでください。
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