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ユーザー・エクスペリエンスの時代(ホームサーバの戦い・第98章)

単品売り家電の時代は終わった

日経ビジネス9月26日号 に「家電ニッポン 最後の戦い」という特集があった。

シャープの社長がこんなことを言う。

「液晶テレビなんてこんなにくだらないビジネスはない」。

シャープの片山幹雄社長が意外な言葉を口にしたのは、インタビューの中盤を過ぎた頃だった。同社は1999年にいち早く液晶テレビを発売し、「ブラウン管テレビは20世紀に置いてきた」と宣言した先駆者だったはずだ。

片山氏の本音をもう少し丁寧に説明しよう。「バナナの叩き売りじゃないけれど、32インチのテレビが2万〜3万円だ。お客さんは安いから買ってくれているだけで、欲しいからではない。単品を売っておしまい、消費者との関係は断ち切られる、こんな商売はメーカーの本分ではない」(日経ビジネス9月26日号「家電ニッポン 最後の戦い」プロローグより)

日本国内の生産はコスト高で作れない。人件費を下げるために、海外で生産すると、海外メーカーの生産技術が高まり、結局、日本国内で競合、どんどん価格が低下する。単品のコスト競争では、日本は勝てない。そうなると、単品と単品をつなぐメーカー独自のつながり方で特色を出していくしかない。

ウォークマンはなぜ成功したのか

日経ビジネスの特集で、ソニーの箇所が気になった。いまだに、32年前のウォークマンと比較されるという。
「そんなのでたらめだ」

東京・品川のあるソニー本社の応接室で、ハワード・ストリンガー会長兼社長の声が響き渡った。ソニーは創業以来「ウォークマン」をはじめ数々の革新的な商品を世に送り出してきた。だが、「過去10年を振り返ると、革新的な商品はソニーから生まれず、代わりに『iPod』などをヒットさせた米アップルの存在感が高まったのではないか」と尋ねた時のことだ。

ストリンガー氏は質問を遮るように反論を始めた。「世界で初めて本格的な3D(3次元)テレビを作ったのは我々だし、『プレイステーション(PS)』も独創的なゲーム機だ。それなのに皆、ウォークマンのことしか言わない。一体どういうことだ。ウォークマンなんて、何十年も前に発売した商品じゃないか」。

ソニーが初代ウォークマンを発売したのは今から32年前の1979年だ。「音楽を持ち歩く」というライフスタイルを提唱し、世界中に衝撃を与えた。(日経ビジネス9月26日号「家電ニッポン 最後の戦い」)

ライフスタイルを提唱というのは確かにそうだ。僕は、「ジョブズとソニー(3) iPodとウォークマン」で、盛田昭夫氏がウォークマンについて、
この製品は、一日中音楽を楽しんでいたい若者の願いを満たすものだ。外へ音楽を持って出るんだよ。録音機能はいらない。ヘッドホンつき再生専用機として商品化すれば売れるはずだよ」。(「ソニー自叙伝」ソニー広報センター/WAC )
と言って、街中にウォークマンを持った宣伝部隊を使ったエピソードを紹介した。
だが、宣伝部や国内営業部隊のスタッフたちは、ウォークマンをつけて山手線の電車に乗り込み、一日中ぐるぐるまわって人目に触れさせる作戦を始めた。

まずは聴いてもらって良さをわかってもらわないと話が始まらないという声も挙がり、大曽根部隊では4月に入社してきたばかりの企画や管理の若い女性社員に声をかけ、日曜日になると新宿や銀座の歩行者天国へ繰り出した。

ウォークマンをつけて歩いては通りがかった人にヘッドホンを差し出し、「ちょっと聴いてみます? 聴いてみてください!」とやったのだ。若者があふれる高校や大学の運動会や文化祭にもよく出向いた。最初はけげんそうな顔をしても、ヘッドホンをつけると、若者の顔はぱっと驚きの表情に変わる。

販売側も、特約店にデモテープを入れたウォークマンをつけて店内を歩き回ることを頼み、「ちょっと聴いてみてください」とお客様に働きかけてもらった。良い音を味わってもらうと同時に、ヘッドホンへの抵抗をなくしてもらいたかったのである。必死の努力が続いた。

こうした草の根の宣伝活動を進める一方、影響力のありそうな有名人にもウォークマンを渡して働きかけた。やがて数人のアイドル歌手が気に入って使う姿が雑誌に取り上げられるようになり、若者の間の憧れを高めるのに一役買った。(「ソニー自叙伝」ソニー広報センター/WAC)

これをそのままiPodに応用したのはソニー出身の前刀禎明氏だった。
前刀:だから、iPod miniをきっかけに大ブレイクさせていくシナリオを、入社する前から考えていた。「やっぱりこれはファッションアイテムだ」というのもあって、バーニーズのディスプレーなんかでも洋服とコーディネートしたのを知っているかもしれないけれど、あれなんか実はAppleに入る数カ月前に考えた話。バーニーズのクリエイティブディレクターに話をして、「今度ひょっとすると面白い会社に入るので、ぜひ一緒にやりましょう」ってすでに仕込んであったんだ。

あとはiPod miniを常に必ず5色持ち歩いて、ターゲットは女性だろうなっていうので、いろんな女の子に見せて反応を見ていた。やっぱり最初の反応は「かわいい」とか「何、これ」というのがほとんど。「実は、これ音楽が聞けるんだよ」っていう話をすると、みんな「ええ?」ということになって、さらに「1000曲も入るんだよ」ってたたみかけると、「ええ? すごい!!」ということになる。

これでファッションアイテムとして成功することの確信を得て、さまざまなアプローチをしかけていった。

小池:僕らウォークマン世代のことを思い出しても、基本的に女子大生あたりが持ち歩いて、ある意味ファッションの一部みたいなところもあったよね。

前刀:もう1個概念を変えたのは、当時、Appleの人間が「iPodは液晶ディスプレイのリモコンが付いていないから売れないんですよ」と、本体をかばんの中に突っ込んでリモコンで操作するスタイルを想定していた。でも僕は「違う。これは片手で操作できるクリックホイールという極めて優れたインターフェースがある。これを手に持って、カラフルだし、人前でその使用感を自慢して見せて聞くものなんだ」という意識改革をした。だからまさに、むしろ本体を見せることにフォーカスした。iPod miniの実物大のプラスティックカードを渋谷の路上に貼ったアプローチなんかは、日本オリジナルのものだったんだよね。(“iPod旋風”の極意は心に深く突き刺さる前刀流マーケティングにあり:後編)

そして、前刀氏は、
アップルはメーカーと言うよりは、むしろライフスタイルを提案する会社と言えます。(第17回MBB(丸の内ビジネス人勉強会)平成18年3月22日(水)リンク切れ)
と言っている。アップルと同様、ウォークマン時代のソニーもまた「ライフスタイルを提案する」会社だったのだ。それがなぜ、いつの間にかアップルの後塵を拝する会社になってしまったのか。それは「イノベーションのジレンマとソニー」で見たように、ソニーが大企業になってしまったからだ。とりあえず、「イノベーションのジレンマの部分を書き出してみる。
(1)企業は顧客と投資家に資源を依存している
顧客と投資家を満足させる投資パターンを持たない企業は生き残れないため、実質的に資金の配分を決めるのは顧客と投資家である。業績のすぐれた企業ほどこの傾向派が強く、すなわち、顧客が望まないアイデアを排除するシステムが整っている。その結果、このような企業にとって、顧客がその技術を求めるようになる前に、顧客が望まず利益率の低い破壊的技術に十分な投資をすることはきわめて難しい。そして、顧客が求めてからでは遅すぎる。

(2)小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない
破壊的技術は、新しい市場を生み出すのが通常である。このような新しい市場に早い時期に参入した企業には、参入の遅れた企業に対して、先駆者として大幅な優位を保てることが実証されている。しかし、こういった企業が成功し成長すると、将来大規模になるはずの新しい小規模な市場に参入することがしだいに難しくなってくる。

(3)存在しない市場は分析できない
投資のプロセスで、市場規模や収益率を数量化してからでなければ市場に参入できない企業は、破壊的技術に直面したときに、身動きがとれなくなるか、重大な間違いをおかす。データがないのに市場データを必要とし、収益もコストもわからないのに、財務予測にもとづいて判断をくだす。持続的技術に対応するために開発された計画とマーケティングの手法を、まったく異なる破壊的技術に適用することは、翼をつけた腕で羽ばたくようなものだ。

(4)技術の供給は市場の需要と等しいとはかぎらない
競合する複数の製品の性能が市場の需要を超えると、顧客は、性能の差によって製品を選択しなくなる。製品選択の基準は、機能から信頼性へ、さらに利便性、価格へと進化することが多い。 (「イノベーションのジレンマ 」)

「ウォークマン」の時代は、社長の提案が比較的通った。大企業になればなるほど、足を引っ張る人間が増えてくる。これはまた、ジョブズ氏以後のアップルのジレンマでもある。

ライフスタイルからユーザー・エクスペリエンスへ

日経ビジネスの特集「家電ニッポン 最後の戦い」で失地回復への処方箋と題してPSの父・久夛良木健氏のインタビューが載っていた。
「プレステは確かに継続的なビジネスだと言えるでしょう。しかし、それは何もプレステが初めてではなく、八百屋も呉服屋も腕に自信のある職人も、昔からずっと継続的な商売を生業としてきたのです。というより商売とは継続性がなければ成り立たなかった。「家電」は英語では「コンシューマーエレクトロニクス」。消費(コンシューム)という概念は産業革命以降に動力が生まれ、大量生産と物流・流通のインフラが整うことで誕生しました。日本でも消費=売っておしまいというビジネスが戦後の高度経済成長による巨大な需要によって成立したのですが、それは人類の歴史の中でほんの数十年の出来事にすぎないのです」

「今、人々が求められているのは消費でなく、それによって得られるエクスペリエンス(体験)なのです。ハード機能のすごさや、どんなソフトがあらかじめ組み込まれているかということさえ、今やあまり重要ではなくなってきている。それより、それを使ってどんな体験ができるかに興味が移っているのです。昔のソニーはそれを提示するのが上手だった。『ウォークマン』は、どこにいても自分の世界が常に音楽に包まれているという、それ以前にはなかった体験をユーザーに提供したのです」

「商人とお客さんは店先でおそらくいろんな会話をしたでしょう。『今度お似合いのいい反物が入りましてね』とか『この下駄の鼻緒、そろそろ替え時かね』『いやいやまだ直して使いましょう』とかね。その人にカスタマイズした商品とサービスを提供する。こうした失われた顧客との継続的なつながりが、再びインターネット上でできるようになった。一人一人の好みをサーバー側で理解して、ネット上の膨大な情報の中からその人に向けたオーダー製品や専用サービスを届ける。昔は時間をかけて特別にあつらえたようなことを、ネットで形を変えて瞬時に届けるのです。グーグルやフェイスブックに代表されるネットワーク企業は、この領域で続々と斬新な革命を起こしている。他方、家電業界はいまだに設計図と仕様書を基に大量に同じものを作っている。残念ながら、もはや全く違う産業になってしまった」(日経ビジネス9月26日号「家電ニッポン 最後の戦い」)

久夛良木氏はエクスペリエンス(体験)を強調するが、ソニー本体でもその方向性が見えてくる。久夛良木氏の後継者の平井和夫氏だ。
平井氏は「ソニーらしさを『UX』で表現していく」と力を込める。UXとは、最近ソニー社内で盛んに使われるようになった「ユーザー・エクスペリエンス(顧客体験)」を指す業界用語だ。
4月には「統合UX」を検討する横断的な組織を立ち上げた。平井氏は統合UXのコンセプトをこう説明する。

従来はパソコンからデジタルカメラまで、各部門がバラバラに開発していたが、今後は統合UXでソニーの世界観を1つにする。それは宣伝の仕方から、箱の開け方、取扱説明書の見せ方、商品の使い勝手、操作性まで広範囲に及ぶ」(日経ビジネス9月26日号「家電ニッポン 最後の戦い」)

そこでユーザー・エクスペリエンスを調べてみる。
user experience / ユーザー体験
製品やサービスの使用・消費・所有などを通じて、人間が認知する(有意義な)体験のこと。製品やサービスを利用する過程(の品質)を重視し、ユーザーが真にやりたいこと(本人が意識していない場合もある)を「楽しく」「面白く」「心地よく」行える点を、機能や結果、あるいは使いやすさとは別の“提供価値”として考えるコンセプト。

認知心理学者で、かつて米国アップルコンピュータ(現アップル)でユーザーエクスペリエンス・アーキテクトの肩書きを持っていたドン・ノーマン(Dr. Donald Arthur Norman)が、「ヒューマン・インターフェイス」や「ユーザビリティ」よりも、さらに幅広い概念を示すために造語したものが由来とされる。

同博士が共同設立者でもあるコンサルティング会社のニールセン・ノーマン・グループでは、「エンドユーザーと、会社およびそのサービス、製品との相互作用のあらゆる面を含んでいる。典型的なユーザーエクスペリエンスの第一要件は、つまらぬいらいらや面倒なしに、顧客のニーズを正確に満たすことであり、次に所有する喜び、使用する喜びとなる製品を生産するといった簡単、簡潔なことである」と定義している。(ユーザー・エクスペリエンス)

面白いことに、最近AmazonでKindleFireというタブレットを199ドルと低価格で発売すると発表したが、そのCEOのジェフ・ベゾス氏もユーザー・エクスペリエンスを強調していることだ。
昨日(米国時間9/28)のプレスイベントの後、私はベゾスにインタビューすることができたが、その際彼は「われわれはKindleFireをエンド・ツー・エンドのサービスと考えている」と語った。ベゾスはこのことについてプレゼン中でも触れている。KindleFireはクラウド中にあるAmazonのすべてのデジタルコンテンツを包み込む存在だ。Fireは本、雑誌、映画、音楽、ゲーム、アプリ、すべてのデジタル・メディアの利用のために特にデザインされている。Bezosは「KindleFireはAmazonが提供するデジタルメディアを統合して消費者に体験してもらうためのサービスだ」と述べた。

現代の消費者向けエレクトロニクス市場においては単なるデバイスを作っても成功することはできない。今重要なのはソフトウェアだ。デバイス自身で動作するソフトウェア、クラウド側で動作するソフトウェアの双方が重要だ。それらがシームレスに作動するサービスでなければならない。たとえばKindleを箱から取り出して最初にスイッチを入れると即座にユーザーの名前が表示されるのもその一環だ。タブレットを作っている会社の多くは単なるタブレットを作っている。サービスが作れていない」とベゾスは指摘した。(Amazonのジェフ・ベゾス・インタビュー:現代の消費者向けエレクトロニクス市場ではデバイスだけ作っても決して成功できない)

この新しいタブレットは、仮にほかのプラットフォームにAmazonのアプリケーションをすべて追加すれば、それで手に入るようなものをすべてパッケージしたものだ。例えば「Android」では、Amazonストアのアプリケーションや同社の音楽プレーヤー、ほかのAmazonサービスを利用したアプリケーションなどをダウンロードできる。Kindle Fireには、初めて電源を入れた時点ですでにそういったものがすべて用意されている。

しかし、Amazonは独自のアプリケーションストアや「Amazon Silk」と呼ばれるウェブブラウザを追加することで、特別なユーザー体験を作り出すことにも取り組んでいる。このウェブブラウザは、AmazonがAppleなどのライバルとの差別化を図ることができる重要な分野の1つだ。Amazon Silkは「Amazon Elastic Compute Cloud」(EC2)テクノロジを使い、ユーザーがページを訪問する前にコンテンツの一部をあらかじめロードすることで、タブレットユーザーによるブラウジングを高速化する。これに対して、Appleの「Safari」は、インターネット上のサイトにブラウザ自体が直接接続する従来型のブラウザデザインを採用している。(アマゾンのタブレット戦略とは--アップルとの比較)

iPadiPhoneが現在のスマホやタブレットのブームを作った点では、ライフスタイルの提案が成功したともいえる。その後の、スマホやタブレットの姿がアップルと酷似している点では、単なる後追いにも見える。だが、ユーザー・エクスペリエンスの面ではどうか。アップルよりも「楽しく」「面白く」「心地よく」行えれば、成功したといえるのではないだろうか。つまり、スタイルがいいのは当たり前、より使い心地のいい製品がより普及し勝っていく時代になってきたのだ。
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