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ネット配信をめぐるNHKと民放、それぞれの立場(ホームサーバの戦い・第114章)

NHKのネット同時配信は民業圧迫?

3月28日付けのMSN産経ニュースでこんな記事があった。
4月1日に日本民間放送連盟(民放連)会長に就任する井上弘副会長(TBSホールディングス会長)が28日会見し、「一番大事なことは、加盟各社が放送メディアとしての価値を上げるよう番組内容の充実に尽力することだ」と述べる一方、NHKに対しては「受信料で運営しており、公共性を強く意識し、民業圧迫に見えることはしないでほしい」と要望した。

井上氏は、NHKが検討しているテレビ番組のネット同時配信について「受信料で負担すべきなのかという問題がある」と指摘。NHKの東京での放送がネットに流れれば「民放ローカル局が東京の情報に圧迫される」とし、「控えていただきたい」と強調した。(民放連次期会長「NHKの同時配信控えて」)

そこで、「NHKが検討しているテレビ番組のネット同時配信」の記事を探す。見つけたのはIT Mediaのニュース。昨年の7月12日の記事である。
NHK受信料制度について検討してきた調査会が、NHKが基幹放送のネット同時配信を行う場合、テレビを設置せずにPCでのみ視聴するユーザーからも受信料負担を求めるのが望ましいと答申した。[ITmedia]

NHK受信料制度について検討してきた「NHK受信料制度等専門調査会」(座長・安藤英義専修大教授)は7月12日、NHKが基幹放送のネット同時配信を行う場合、テレビを設置せずにPCなどの通信端末でのみ視聴するユーザーからも受信料負担を求めるのが望ましいとする答申をNHKの松本正之会長に提出した。

答申では、メディア環境が変化する中、NHKは従来の放送で果たしてきた役割・機能をインターネットでも果たしうるとし、テレビと同じ公共放送としてのネット同時配信を実施するのであれば、受信料的な負担を想定するべきだとした。

その場合、既にテレビを設置して受信料を支払っているユーザーには追加負担を求めないが、PCとネットのみで視聴しているユーザーからは受信料を徴収するのが望ましいとした。課題として、ユーザーを把握するための技術とコストを挙げている。

NHKが過去の番組などを配信する「NHKオンデマンド」は、NHKの基幹放送とは別の新規事業として受信料とは別の会計で運営。答申では、ネットによる基幹放送の同時配信とPCからの受信料徴収には法改正が必要としている。

答申を受け、松本会長は「提言を踏まえ、フルデジタル時代においても引き続き、公共放送としての役割を十全に果たしていくよう努力していく」とコメントした。(NHKの番組ネット同時配信、PCのみの視聴者からも受信料徴収を──調査会が答申)

これらの記事から、NHKと民放のそれぞれの立場が明らかになる。僕の過去のエントリーからそれを探ってみたい。

NHKの立場

前項「ネットもやる」から「ネットに開放する」発想を(ホームサーバの戦い・第113章) でみたとおり、NHKとしては、「テレビもネットも」という立場だ。思い起こせば、世界中まで飛び火した地デジ問題も、もともとはハイビジョン開発の理由にいきつく。
視聴者の受信料で成り立っているNHKは、日本中のほとんど全世帯が加入したあとは大幅な収入の伸びは期待できず、人件費の高騰や設備更新のために資金の余裕がなくなる。それを打開するには、ハイビジョンなどの付加価値の高いチャンネルを新たに確保して別料金として新たな収入を確保するか、世界的なネットワーク化に対応してエリアを広げるか、ソフトを輸出するなどして再利用して生き延びるしかない。(ジョエル・ブリンクリー著/浜野保樹・服部桂共訳「デジタルテレビ日米戦争-国家と業界のエゴが『世界標準』を生む構図」アスキー)(地デジが生まれた本当の理由(読者ブログ版)
いわば、ネットへの進出も新たな受信料収入を増やすための有効な手段になりうるということだ。そういう方向で考えれば、「広がるスマートテレビ〜テレビはどこへ向かうのか〜」(ようやくテレビはネットの重要性に気付いた(2)(ホームサーバの戦い・第111章)ようやくテレビはネットの重要性に気付いた(3)(ホームサーバの戦い・第112章) 参照)というスペシャル番組も、NHKはこれからネットに力を入れますよというPRにも見えてくる。もちろん、ネット用に専用番組を作っていてはコストもかかるので、同時配信の実施に行かざるを得ない。

民放の立場

一方、民放は同時配信をされては困る立場だ。それはなぜか。よく地方に行くと、すでに東京で放送が終わった番組を流しているところがある。一斉に全国で流せば、時間差がないので、NHKと同じ立場だが、東京ほど放送局数がない地方では、3局の番組を1局で流したり、何週間か遅れて放送されたりする。それぞれ地方によって条件が違うので、ネットで同時配信されてしまうと、地方局の収入が激減してしまう。それでもNHKが同時放送すれば、なぜ民放はそれをしないんだということで地元の放送局にクレームが来てしまうだろう。僕は、地方民放抵抗の理由(ホームサーバの戦い・第72章) で、元NHK出身の経済学者池田信夫氏の.「新・電波利権」を引用した。
民放連が放送地域にこだわるのは、経営危機に苦しむ地方民放の既得権を守るためである。キー局はインターネットに積極的なのだが、民放連の圧倒的多数を占める地方局の意向で決まってしまうのだ。これは国連で、票数の多い小国の意向で方針が決まるのと同じである。

しかし、これは逆も成り立つ。地方民放がすぐれた番組を制作すれば、IP で全国に放送できるのだ。たとえば北陸朝日放送は、IPを使って全国に番組配信を始めている。現在の地上デジタル放送は、アナログ放送を置き換えるだけなので、広告収入も増えず、経費だけがかかる。これをIP に変えれば全国127 社の民放がすべて全国放送局になれるのだ。番組制作能力のある民放にとっては、デジタル化によって営業収入を伸ばすことも可能だ。こうした競争によって視聴者にとっては多様な番組が視聴可能になり、質の向上も期待できる。

NHK や民放連は、IP や衛星は「補完的なインフラ」だとして、あくまでも地上波を主とする方針を表明している。これは、キー局の番組を垂れ流して電波料をもらっているだけで制作能力のない大部分の地方民放が、競争にさらされたら困るからである。(池田信夫著「新・電波利権」アゴラブックス/60・61ページ)

このように理由は様々だが、ある意味、NHKが正面突破で、同時配信を進めることで、民放の系列が分断されるかもしれない。その時何が起こるか。興味深いと思ったのはアメリカのシンジケーションシステムだ。それは、「なぜ、日本のテレビは貧しくなったか(3) で「テレビは余命7年」の言葉を引用している。
シンジケーション。
聞き慣れない用語だと思う。
実は、これがアメリカのテレビ界の最大の特徴と言っていい。簡単にいえば、テレビ番組を自由に売り買いできる市場である。
実は、アメリカは日本と違い、ローカル局は所属するネットワーク(キー局)の番組だけを流しているわけではない。
日本の地方局はキー局に全面的に縛られているが、アメリカではローカル局とキー局は、基本、対等な関係にある。他のネットワークに魅力的な番組があり、条件が整えば、系列を乗り換えることだってめずらしくない。その点はすごく柔軟である。さすが、市場原理の国である。
そもそもアメリカでは、キー局が配信する番組は、朝のモーニングショーと夕方30分の全国ニュース、そしてプライムタイムと呼ばれる20時から23時までの番組に限られる。なので、それ以外の時間帯については、ローカル局は各々、市場(シンジケーション)を通じて番組を買うしかないのだ。
その際、ローカル局はネットワークに縛られずに番組を購入できる。もっとも、そもそも制作会社から買うので、そんな縛りは意味がない。当然、視聴率が欲しいから、ネットワークに関係なく、視聴率の取れそうな人気番組を購入する。例えば、NBC系列のローカル局が、ABC系列で流されたドラマを購入して流すことも珍しくない。日本で言えば、フジテレビのドラマを、TBS系列の地方局が再放送するようなものである。(指南役著「テレビは余命7年」大和書房)
キー局と地方民放が分断された時、地方民放はキー局、制作会社を問わず、番組を買うシステムができるかもしれない。ただ、地方民放にそれだけの金が残っているとは思えないが。
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