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素人だから言えることもある

災害と個人情報

 今日、 9月1日は「防災の日」、1923年9月1日の関東大震災にちなんで作られた日だ。全国各地で避難訓練が行われている。地震のとき、お年寄りや病気で寝ている人の避難を地域の住人が力を合わせて助けることが重要だ。そのためには、その町にはどんな人が住んでいて、どんな状況かをつかむために名簿を作る必要がある。それを「災害時要援護者名簿」と呼ぶ。

 先日起きた新潟県中越沖地震のとき、こんなことが起きた。

 柏崎市では、3年前の新潟豪雨や、新潟県中越地震で被害を受けた経験を踏まえて、今年3月に「災害時要援護者」の名簿を作成しました。これは災害が起きたときに自力での避難が難しい高齢者などのリストを予め作っておいて、安否確認や避難支援に役立てるものです。

 ところが、名簿は、市役所の担当の課にとどまったままで、地域の自主防災組織などには配布されず、一人ひとりをどのように支援するのか、地域の体制も決めていませんでした。このために、市役所が安否確認をしようとしても手間取り、長い時間がかかりました。

(中略)

 この背景には、2005年に施行された、個人情報保護法は、「個人情報の利用を禁止したものだ」という誤解があって、災害時に援護を必要とする人について、情報共有がすすんでいないということがあります。(NHK解説委員室災害時、高齢者・障害者の支援対策は

 この原因は、 個人情報保護法 により、今まで作られてきた名簿の作成が困難になり、本来必要な情報が得られないという結果になっている。いわば、「命より情報」が大切なんていう本末転倒なことが起こっているのだ。また、被災者の見舞いに行くのに、病院で入院患者の名を教えてくれないということもおきた。

 これは、「映画盗撮防止法と国会質問」でとりあげた法律と運用の問題と共通している。つまり、厳格に法律どおり、運用していくと本来の目的と違って個人の権利を侵害していくという問題である。それはまた、われわれ国民が知らない間に法律が作られ、そのことが今まで許されてきた個人の権利を阻害していく。

 ともかく、完全な個人情報保護は、人と人との関係を断ち切る。地域の連携ができないため、誰にも知られずに孤独死の事件が相次いでいる。情報とは、その人間のすべてをあらわすものではないが、人間関係をつなぐのには必要な最低条件である。すべてを隠したままで、人生を送ることは不可能だ。改めて、個人情報保護の意義を再確認した上で、地域の連携を模索しなければなるまい。
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