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素人だから言えることもある

結婚詐欺と森繁


ドラマ人間模様・赤サギ


 11月10日に96歳の老衰で亡くなった俳優の森繁久彌氏。最近の結婚詐欺師事件について考えているうちに、森繁氏が結婚詐欺師として出演したドラマを思い出した。今回のエントリーはたまたま事件と亡くなった時期が近かったゆえの連想のエントリーである。別に、それ以上の深い意味はない。


 それは、1978年にNHKのドラマ人間模様で6回にわたって放送された「赤サギ」である。森繁氏がそのドラマについて書いている。



 すでに放映されたNHKの「赤サギ」という結婚サギの物語をご覧になった方も多かろう。
 年老いたサギ師が、その人生の大半を獄中で過ごし、いまだショウコリもなく出獄しては捕まってゆく話だが、全国の老若男女、長年の私のゴヒイキが、女を騙す前科七犯の私の役に「やめときゃいいのに……そんな役まで」と慨嘆のさまも感じられた。
 が、この作品のテーマはある意味で大きな問題もふくんでいた。
 つまり、そのひとつは身寄りの全くない年寄りというものの、やり場のないワビシサというか、どんなに老人福祉が叫ばれても、それがいくらかぬくもりの場を与えても、永遠に解決されない、無縁者の心底に流れる心情、社会の吹き溜まりに音もなく朽ち果ててゆく落ち葉のような老人の心境。
 何でもいい、少々曲がったことでもやれば、世間の注目がひける。ショッピかれてゆくこと大いに結構、裁判所も賑やかだ。ひとりでいるよりどんなにいいか、綱つきの自動車に乗せられれば人が見てくれる——この老人の心奥にくすぶる哀しい願望のひとつがテーマでもある。
 しかし、この男を演じるのに一番まいったのは、この男が森繁久彌と偽称してサギを働くというくだりだ
 NHKも酷なことを演らせると思ったが、実はこれを考え出したのは、作家早坂暁だ。(森繁久彌著「森繁久彌—隙間からスキマへ」日本図書センター)


 この後に、脚本を書いた早坂暁氏の文章が引用されている。



 鳥類図鑑のうち、ここで取り扱うのはサギ科であります。サギ科のなかの赤サギが、主人公であります。
 守屋繁一は本年六十七歳。
 仙台刑務所の中では最年長です。
 前科六犯、刑務所暮らしはのべ三十年に近いのですから、まあ人生の半分は刑務所の中にいる勘定になります。
 繁一老人の犯罪は、その業界では赤サギと呼ばれております。世間では結婚詐欺と名づけられています。
 ちなみに、白サギは官公庁の書類詐欺、青サギは、安全に見えるトリコミ詐欺、月サギは月賦屋を相手の詐欺
と、サギ類は多種多様であります。
 守屋繁一は、うまれつき空想力が豊かな少年でありました。ただ、空想と現実の境目が、ややぼんやりとしていたため、彼の人生がサギ色に染まったといえるのでしょう。
 いや、というより、彼はその境目をジャンプする飛翔力に富んでいたというべきかも知れません。
 森繁久彌さんは、俳優になってなかったら、天才的なサギ科の人として、業界に永く名をとどめたに違いない人です
 それだけに、素敵にたのしい鳥類図鑑をつくってくれるような気がします。——早坂暁・作家(早坂暁著「赤サギ物語—笑う鳥類図鑑より」・「メイキッス」97号 昭和53年8月号) (森繁久彌著「森繁久彌—隙間からスキマへ」日本図書センター)


 まさに、大御所森繁久彌を相手に早坂流の褒め殺しというか、面目躍如というか。さらに、森繁氏は、文章を続ける。



 彼は何日も何カ月も私を待たした。佐々木小次郎のように、ジリジリしながら作品の出来上がりを待ったのだ。
 開けてびっくり、彼は練りに練って、私をねじ伏せる台本を書き上げてきた
 私が、この私を詐(かた)って面白い芝居を見せる。
 一見、作家には小気味のいいところだろう。が、演じる本人にとっては、十分の抵抗がある。しかもその中で、こともあろうに拙作「知床旅情」を、この森繁を詐るこの男が、森繁節でうたう——やりきれたもんではない
 もう一つのテーマは、獄窓の数年、練りに練った次の勝負が、いよいよシャバに出て華やかに展開するのだが、何とその時には世の中の方がもっと悪くなっていて、使いモノにならず、すぐにも捕まってしまうというアイロニーである。出れば捕らわれ、またも何年かを獄に送る。哀しき老サギ師の転落の詩(うた)、これが物語の底流を流すのである。(森繁久彌著「森繁久彌—隙間からスキマへ」日本図書センター)


 文章上でありながら、作家と俳優の丁々発止のとっ組みあい、ドラマもまた面白かった。


夢一族 ザ・らいばる


 この「赤サギ」が好評だったのかどうか知らないが、翌1979年、森繁氏はまた結婚詐欺師に取り組んでいる。これは未見なので、Movie Walkerから



 八十四歳の老結婚サギ師と二十四歳の若者がコンビを組んで繰り広げるコメディ。コーネル・ウールリッチの原作『睡眠口座』を映画化したもので、脚本は「真田幸村の謀略」の田中陽造監督はTBSテレビで「時間ですよ」や「ムー一族」などで軽妙な演出を見せた久世光彦、撮影は「総長の首」の増田敏雄がそれぞれ担当。(夢一族 ザ・らいばる)


 森繁氏は、1978年65歳のとき、67歳の設定で実年齢に近かったが、この映画では、84歳と一気に17歳も老け込んでいる。この監督をしている久世光彦氏と森繁氏の連載が週刊新潮で連載されていた。その名も「大遺言書」。本当は、森繁氏の最後の出版の予定だった。



 2003年に90歳を迎えたことを機に作家・演出家の久世光彦と<語り森繁、文は久世>の形で『大遺言書』を週刊新潮に連載し、題名どおり最後の仕事とするつもりだった。だが2006年3月に22歳年下の久世が急逝し終了してしまい、「どうしてオレより先に逝った…」と嘆きその葬儀以来公の場に姿を見せることはなかった。なお単行本は新潮社で4冊刊行された。(森繁久彌-Wikipdia)


 その最後の「さらば大遺言書」に久世氏が「夢一族 ザ・らいばる」に触れている。



 考えてみると、40年くっついていて、森繁さんと旅というものをしたことがない。昔、<ふじやま丸>という、ヨットというには豪華すぎる船を森繁さんが持っていたころ、乗せてもらったことが一度あるが、だんだん外海に出ていくにつれて揺れが激しくなり、泳げない私は怖くなって、途中で下船してしまった。
 旅先でいっしょだったことも一度しかない。昭和54(1979)年の秋、私が京都太秦の東映撮影所で「夢一族 ザ・らいばる」というお正月映画を撮ったときのことである。この映画については、<人々>はもちろんのこと、映画関係者もほとんど知らない。森繁さんと郷ひろみの老若二人が、欺(だま)したり欺(だま)されたりしながら珍道中をする話なのだが、抱腹絶倒するはずの観客が全く笑わず、したがって大コケにコケた。当時ヒットしていた「トラック野郎」との二本立てだったが、<寅さん>の前に一敗地に塗(まみ)れたのだった。森繁さんの映画歴に汚点を残してしまって、いまだに私は負い目を感じ続けている。
 けれど一月半ほどの撮影期間中、朝から晩まで森繁さんといっしょにいられて、私は幸福だった。森繁さんの宿所は、とても私などには敷居も跨げない嵯峨の高級旅館だったから夜は別々だったが、美味しいものもご馳走になったし、秋の夜長をしみじみ話もできた。——ある日、森繁さんが立てなくなって、撮影が中止になった。宿へ駆けつけたら、病気ではなかった。その日、先代の水谷八重子さんが亡くなって、ショックの余り腰が立たなくなったのである。——その夜のことは忘れない。森繁さんはお酒にも手をつけず、座椅子に寄りかかったまま目を虚空に据え、ほとんど一言も口を利かなかった。見ていて辛かった。その年、森繁さんは六十六歳、八重子さんは享年七十四だったから、八つも年上だったが、森繁さんは八重子さんの、柳の下の立ち姿に心底惚れ込んでいた。肩越しに振り返るだけで、気絶しそうな<いい女>だと、かねがね言っていた。もう一度、いっしょに板を踏みたかった(舞台に立ちたかった)。——その後も、森繁さんの周りから、いろんな役者がいなくなったが、あのときほど打ちひしがれた森繁さんを、見たことがない。——軒端の月が寂しい晩だった。(森繁久彌語り/久世光彦文「さらば大遺言書」新潮社)


白サギ・青サギ・黒サギ


 気になったことがある。それは、早坂氏が



 繁一老人の犯罪は、その業界では赤サギと呼ばれております。世間では結婚詐欺と名づけられています。
 ちなみに、白サギは官公庁の書類詐欺、青サギは、安全に見えるトリコミ詐欺、月サギは月賦屋を相手の詐
欺と、サギ類は多種多様であります。(早坂暁著「赤サギ物語—笑う鳥類図鑑より」・「メイキッス」97号 昭和53年8月号) (森繁久彌著「森繁久彌—隙間からスキマへ」日本図書センター)


と書いていることだ。そこで、小説化された「赤サギ」(早坂暁著/日本放送出版協会)を図書館から借りた。



 その犯罪とは、世にいう結婚詐欺。隠語で「赤サギ」といわれているものである。
 ちなみに「白サギ」は、官公庁の書類詐欺、「青サギ」は、安全に見えるトリコミ詐欺、「月サギ」は月賦屋を相手の詐欺
のことである。(6頁)(早坂暁著「赤サギ」日本放送出版協会)


と全く同じことを書いている。しかも、179頁には、



繁一の昔の仲間に「輪(わ)サギ」つまり車専門の詐欺をしていた男がいたが、彼など車のローンを一回払っただけで車ごと姿を消すことに、何のためらいも抱いていなかった。(179頁) (早坂暁著「赤サギ」日本放送出版協会)


256頁には



「ええ。何とかまともな仕事をして生きていこうと思いましたが、どうにも仕事がありません。ですから無サギをしました」
無サギ?」
無銭飲食のサギです。どうぞ」
 といって、繁一は両手を差し出した。(256頁) (早坂暁著「赤サギ」日本放送出版協会)


とある。つまり、
「赤サギ」=結婚詐欺、
「白サギ」=官公庁の書類詐欺、
「青サギ」=安全に見えるトリコミ詐欺、
「月サギ」=月賦屋を相手の詐欺、
「輪サギ」=車専門の詐欺、
「無サギ」=無銭飲食のサギ
の6つの詐欺があることになる。さて、裏を取ろうとして見つけたのは、東京堂出版の「集団語辞典」(米川明彦編)


Amazonの内容には、



特定の社会集団・専門分野に特有あるいは特徴的な言葉を収録した辞典。見出し語は約7300語。引用した用例数は約8500。配列は50音順。巻末に「集団語概説」、「隠語辞典一覧」、「意味別分類」がある。 犯罪者集団・職業集団・趣味娯楽集団など160集団から、隠語・業界用語7300語を取り上げ、400点の文献から8500あまりの用例を掲載した辞典。 (内容)


とある。そこで検索すると



あおさぎ(青詐欺)《詐欺》《警察》会社・書類・不動産などの詐欺。→あかさぎ・くろさぎ・しろさぎ。◆詐欺とパクリの裏手口<東西寺春秋>三「通称、川本正義。彼は主に青詐欺(会社関係・書類関係・不動産関係の詐欺)を専門にしていた」

あかさぎ(赤詐欺)《詐欺》結婚詐欺。→あおさぎ・くろさぎ・しろさぎ。◆パクリ業界の悪いヤツら<日名子暁>結婚詐欺の巻「コトが成就したあと (とりわけ、人をうまく罠にはめた場合)に、してやったりとペロリと赤い舌を出すことから“赤サギ”と呼ばれるようになったのが『結婚詐欺』だ」

くろさぎ(黒詐欺)《詐欺》《警察》詐欺師が詐欺師をだますこと→あおさぎ・あかさぎ・しろさぎ。◆詐欺とパクリの裏手口<東西寺春秋>まえがき「黒詐欺—プロ同士の騙し合い」

しろさぎ(白詐欺)《詐欺》しろうとをだます詐欺→あおさぎ・あかさぎ・くろさぎ。 (米川明彦編「集団語辞典」東京堂出版)


※◆以下は、引用している書物と作者、引用例


これをまとめると、
「青サギ」=会社・書類・不動産などの詐欺、
「赤サギ」=結婚詐欺、
「黒サギ」=詐欺師が詐欺師をだますこと
「白サギ」=しろうとをだます詐欺
となり、結婚詐欺以外全く違う。早坂氏の言う「白サギ」が「青サギ」に変わったようにも見える。早坂氏がドラマ用に作ったのだろうか。全国放送でもあり、嘘をついても何もメリットはないはずだ。しかも新たに「黒サギ」が出てきた。「月サギ」「輪サギ」「無サギ」はどうなったのだろう。30年間で意味が変わったのだろうか。もし、詳しい情報があったら教えて欲しい。


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