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素人だから言えることもある

強いアメリカと強い日本

脱原発はなぜ選挙の争点にならなかったか

わずか1年9か月前に起きた東日本大震災福島原発事故は私たち日本人に、大きな苦痛をもたらした。地震と原発が重なった時、これほどの被害が及ぶとは思いもしなかったはずだ。ところが、総選挙の争点にはならなかった。脱原発を主張した民主・共産・未来・社民の議席を大きく減らしてしまったからだ。これはなぜだろうか。

一つは、日本から原発を減らすことが大変な時間がかかることを知ったからだ。野党の言う即時撤廃の主張には何の計画性もなかった。民主党マニフェストが信頼できない今、政治家の語る言葉が嘘のように思え、意味を失った。そのため、政治家を信じられない国民は投票所に行かず、大きく投票率を落とした。無党派層が投票に行かないと、結局少なくとも実績のある自民党が票を伸ばさざるを得なくなった。

一方で、自民党の安倍総裁の憲法改正の意見が気になる。それにブレーキをかけるためには、連立を組む公明党に入れざるを得なかった。積極的に自公に票を入れたわけではない。消極的な投票の結果だった。

さて、安倍総裁は、自衛隊を国防軍と名前を変えて、他の国々と同じような軍隊にしようという。憲法で「戦力を持たない」と規定された自衛隊を「戦力を持つ」軍隊にする。自民党の考えでは、おそらく日本国憲法は、アメリカの押し付けた憲法であり、敗戦の時のペナルティだと考えているのだろう。今までのアメリカに守ってもらう「弱い日本」ではなく、普通の国と同じ「強い日本」にすること、それが自民党の考える悲願である。

自助に徹するアメリカの強さ

アメリカもまた「強いアメリカ」がテーマである。世界の警察官と言われるほど、世界中のいたるところに米軍を派遣している。しかし、それでも、なかなか世界から戦争が終わらないのは、この「強いアメリカ」がかえって他の国の戦争意欲をあおっているためではないか。北朝鮮も中近東もアメリカを目の敵にするのは、アメリカをねじ伏せれば彼らの目的が達成できるからだ。

しかも、国内では、毎年のように、銃乱射事件が続発している。今回も小学校で26人もの命が失われた。日本人から見れば、銃を規制すればと考えるが、アメリカではこのような考え方が通用しない。僕は、アメリカ乱射事件とアメリカの正義でこう書いている。

家族を守るために武器を持って戦うというのは、理解できるだろう。その論理を拡大していけば「正戦の論理」となる。自分の国を脅かす国家がある。その国家を排除すれば自分たちの平和を築くことができるのだという論理である。ただ、相手の国には相当の兵器があるとすれば、対抗上自分の国の軍備も増強しなければいけない。そうでなければわざわざ死にに行くようなものであるからだ。
アメリカでは自分の家族を守るためには武器を持つ権利があると説く。これは、家族一つ一つが国家のようなものである。隣の家の武器が強力になれば対抗上、より強力な武器を持たなければならない。(アメリカ乱射事件とアメリカの正義)
したがって、銃乱射事件に答えるアメリカの下院議員が、
「校長がM4ライフルを持ってればよかったのに」 (NAVERまとめ)
と答えるありさまだ。結局、アメリカでは、銃を規制する法律をそれほど信じてないのだろう。もし、できたとしても、これほど普及してしまった銃の前では法律など無力だと思っているのだ。なぜなら、平気でルールを破るジャック・バウアー(ジャック・バウアー的アメリカ正義論)や、家族のためなら仲間を裏切るジャック・バウアー(ジャック・バウアー的家族論)に喝采を送る国民性だからだ。

したがって、「強いアメリカ」の根本には、自分を助けるのは自分しかないという「自助」の意識が大変強い。実際、平気で国際ルールを破るならず者国家の前では、アメリカの強大な戦力が必要なのだ。その点で考えると、安倍氏の「強い日本」などは、憲法というルールにこだわっている点で「自助」の意識が大変弱いというしかない。まあ、それが正しいかどうかはまた別の話であるが。
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