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素人だから言えることもある

抜き書き「新春TV放談2013」後半部分(1)

1月3日に放送されたNHKの「新春TV放談2013」にも興味深い話があった。特に後半のバラエティ制作者の裏話は、最近続けている日本のバラエティの歴史を紐解くヒントになるので何回かに分けて書き起こしてみたい。

テレビ60年人気バラエティランキング

千原ジュニア(MC) テレビ60年人気バラエティランキング!
(拍手)
上田早苗アナウンサー ご覧いただきましょう。まず1位から10位です。
テレビ60年人気バラエティランキング
1位 8時だョ!全員集合(初回放送1969年 TBS系)
2位 オレたちひょうきん族(初回放送1981年 フジテレビ系)
3位 アメトーーク! (初回放送2006年 テレビ朝日系)
4位 ダウンタウンのごっつええ感じ(初回放送1991年 フジテレビ系)
5位 天才・たけしの元気が出るテレビ!! (初回放送1985年 日本テレビ系)
6位 巨泉×前武ゲバゲバ90分!(初回放送1969年 日本テレビ系)
7位 シャボン玉ホリデー(初回放送1961年 日本テレビ系)
8位 夢であいましょう(初回放送1961年 NHK)
9位 笑っていいとも!(初回放送1982年 フジテレビ系)
10位 めちゃ×2イケてるッ! (初回放送1996年 フジテレビ系)
上田アナ 1位に「8時だョ!全員集合」2位「オレたちひょうきん族」3位「アメトーーク!」4位「ダウンタウンのごっつええ感じ」5位「天才・たけしの元気が出るテレビ!! 」6位「 巨泉×前武ゲバゲバ90分!」7位「シャボン玉ホリデー」8位「夢であいましょう」9位「笑っていいとも!」10位「めちゃ×2イケてるッ!」が入りました。

テリー伊藤 みんな、作りこんでますよね。
(一同) あー。
テリー 「全員集合」にしろ「ひょうきん族」にしろ。「ごっつええ感じ」も、僕、大好きなんですよ。やっぱり、ほら、気合入って作ってるじゃないですか。
上田アナ 作り込んでる感じで言えば1位の「8時だョ!全員集合」、皆さん、よくご存じだと思いますが、これかなり初期の頃の写真です。出演はザ・ドリフターズ

「8時だョ!全員集合」の写真の説明
8時だョ!全員集合(1969年〜1985年TBS系)
土曜よる8時の生放送 大掛かりなセットを最後に壊す豪快なオチで全国の子どもたちを熱狂させた国民的人気バラエティー。
上田アナ 大掛かりなセットを最後に壊すという豪快なオチなので子供たちの人気でしたよね。体を張ったギャグがたくさんありました。
テリー 週1の1時間番組じゃないですか。5日かけてましたからね。
千原 5日かかってるんですか。へえ〜。
秋元康 火曜日に「全員集合」会議だったんですよ。「ザ・ベストテン」も火曜日に会議だったんですよ。終わるのがお互い、朝の4時くらいですよ。
(字幕)秋元さんは「ザ・ベストテン」の放送作家としてTBSに通っていた
秋元 6時からですよ。夕方の18時から会議始まって終わるの朝4時なんですよ。ず〜っと会議やるか、「全員集合」はリハーサルもやってましたけど。だからやっぱり、それぐらい気合いですよね。
上田アナ という事でまたまたここでクイズなんですけれども、「8時だョ!全員集合」は日本のバラエティー史上、最高視聴率を記録しています。ずばり、何%でしょうか?
テリー 多分40…。45〜46じゃないですか。
関根勤 40はいってるね。
秋元 そうですね。
テリー 46.8! そんなもんじゃないかな。
上田アナ 発表します。50.5%。(ビデオリサーチ調べ・関東地区)
(一同) すごい!
鈴木おさむ 50%! すごいですね。
秋元 このころは、まだテレビが最大公約数だったんですよね。子どもからお年寄りまで楽しめたんですよ。僕らが驚いたのは、「オレたちひょうきん族」でマイケル・ジャクソンの「THRILLER」のパロディーをやったんですよ。で、これは、ゴールデンの中ではないんですよ、僕らは。つまり、僕ら若い放送作家がそういうことを言うと、プロデューサーに「お前、分かってねえな、大衆を」と。「何人がマイケル・ジャクソンを知ってるんだ?何人が『THRILLER』を見たんだ?」という事をことごとく怒られてたのが「オレたちひょうきん族」であっさりやったんですよ。あそこから多分、最大公約数からもうちょっと面白ければ伝わるっていう時代に変わったんです。
関根 絞ってきたんですね。
千原 これがくしくも裏番組という…。
ランキング表に「土曜8時」の文字が出る
1位 8時だョ!全員集合(初回放送1969年 TBS系) 土曜8時
2位 オレたちひょうきん族(初回放送1981年 フジテレビ系) 土曜8時
関根 ぶつかってたんですよ。
鈴木 だからテリーさん、4位と5位も裏番組ですもんね。
ランキング表に「日曜8時」の文字が出る
4位 ダウンタウンのごっつええ感じ(初回放送1991年 フジテレビ系) 日曜8時
5位 天才・たけしの元気が出るテレビ!! (初回放送1985年 日本テレビ系) 日曜8時
鈴木 「元気が出るテレビ!!」と「ごっつええ感じ」。やっぱり、それがすごいですよね。競い合ってるっていう。

NA(ナレーション) 「テレビ60年人気バラエティランキング」11位から20位は、こうなりました。

テレビ60年人気バラエティランキング
11位 NHK紅白歌合戦(初回放送1953年 NHK)
12位 ドリフ大爆笑(初回放送1977年 フジテレビ系)
13位 鶴瓶の家族に乾杯(初回放送1995年 NHK)
14位 風雲!たけし城(初回放送1986年 TBS系)
15位 笑点(初回放送1966年 日本テレビ系)
16位 11PM(初回放送1965年 日本テレビ系)
17位 水曜どうでしょう(初回放送1996年 北海道テレビ)
18位 ザ!鉄腕!DASH! (初回放送1998年 日本テレビ系)
19位 ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (初回放送1989年 日本テレビ系)
20位 ロンドンハーツ(初回放送1999年 テレビ朝日系)

テレビ60年テレビを変えたのはこの人だ!

千原 さあ、続いてのテーマです。「テレビ60年 テレビを変えたのはこの人だ!」。
(拍手)
上田アナ テレビ60年 テレビを変えたのはこの人だ! さあ、1位から10位をご覧頂きます。こうなりました。

テレビ60年 テレビを変えたのはこの人だ!
1位 北野武(ビートたけし)
2位 明石家さんま
3位 タモリ
4位 大橋巨泉
5位 島田紳助
6位 久米宏
7位 ザ・ドリフターズ
8位 萩本欽一
9位 ダウンタウン
10位 SMAP
上田アナ 1位北野武(ビートたけし)さん、2位明石家さんまさん、3位タモリさん、4位大橋巨泉さん、5位島田紳助さん、6位久米宏さん、7位にザ・ドリフターズのみなさん、8位萩本欽一さん、9位ダウンタウンの2人、10位にSMAPが入りました。
千原 さあ、今日は、たけしさんの番組が3本入ってましたけど、やっぱ、すごいんですね。
テリー たけしさんの影響力ね。
関根 やっぱり、ビッグ3という人は上に入ってますね、3人きれいに。
鈴木 記憶に残る番組をやってますよね。たけしさんって、やっぱり。
上田アナ 続いて11位から20位も見ていきましょう。こうなっています。

テレビ60年 テレビを変えたのはこの人だ!
11位 池上彰
12位 横沢彪
12位 黒柳徹子
14位 みのもんた
15位 テリー伊藤
16位 秋元康
17位 宮田輝
18位 とんねるず
19位 前田武彦
20位 筑紫哲也

テリー 横沢さん、「ひょうきん族」作った…。
上田アナ 15位にテリー伊藤さんが入り、16位に秋元康さんが入っています。実は、今日、ここのスタジオにテリーさん、秋元さんのほかにも、ヒット番組に関わってこられた方々が集まっているという事で、ここからは大ヒット番組の制作秘話をたっぷりと聞きながら大ヒットが生まれる秘密に迫りたいと思っています。
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ハードは急速にコモディティ化する。問題は中身だ。

タブレットは、持ちやすく、より安く、多機能になるだろう。今まで、隆盛を誇ってきたアップルも一つの到達点を迎え、これ以上伸びなくなる。アップルはやがて、アップルなりのスマートテレビを始めるかもしれないが、それもまたアジアやアフリカの新興国に抜かれるだろう。これは日本の家電と同じ道のりだ。ハードの差別化では限界があるのだ。電子書籍にしても、いまだにリアルな本よりも抜群に扱いやすいわけではない。そして、一つのタブレットに何千冊、何万曲を詰められるとしても、そんなに読む人間はいないし、流行に乗ってある程度、普及しても読者人口がすべての国民になるわけでもない。ただ、あるごく一部の人間が浮かれているにすぎない。

正月にテレビを見れば、そのテレビ番組の陳腐化に唖然とする。60年たってテレビは視聴者が求める限界までより安くなった。お笑い番組は同質化し、よりアクの強いダウンタウンが毎日登場する。歌手と言えば、ジャニーズ系とAKBの独占状態だ。「これが日本の音楽業界の現状です。」とレコード大賞のときに服部克久氏が語ったそうだが、音楽業界ばかりじゃない。テレビの中身にしても同じようなものだ。

「笑い」の本質は、憂さ晴らしである。現実世界が厳しいから、今を楽しめばいいという考え方だ。確かに、その面は必要だろう。だが、テレビをそれ一色にするにはあまりにももったいないのではないか。どれほどハイビジョンになって、きれいになっても、内容が充実していなければ、意味はない。一方、中身が優れていれば、日本の番組を世界に輸出できる。入れ物など、何色でも構わない。とにかく廉価で使いやすくあればいいのだ。

読者や視聴者が、その場しのぎのコンテンツで満足していれば、この国の没落は止まらないだろう。
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テレビのツィッターから批判しか聞こえないのはなぜ?

失敗者の声ばかり聞こえるツィッター

最近、テレビのアプリにニコニコ実況がついているので、放送と一緒に見ている。視聴者がどのように見ているかわかるし、一人で見るよりも意外な情報が手に入るからだ。それでも意図した情報を手に入れることはあまりない。出演者のネガティブな批判ばかりなのだ。フェイスブックで見つけた写真の
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失敗する人の条件と全く同じ状況がツイッターのネガティブな言葉からうかがえる。

批判する人からは何も学べない

成功する人は貪欲だ。失敗してもめげずに絶えず、前へ前へと動こうとする。失敗する人は、失敗を恐れて後退する。似たようなエントリーを書いたような。と思ったら、電通の裏十則だった。
1)仕事は自ら創るな。みんなでつぶされる。
2)仕事は先手先手と働きかけていくな。疲れるだけだ。
3)大きな仕事と取り組むな。大きな仕事は己に責任ばかりふりかかる。
4)難しい仕事を狙うな。これを成し遂げようとしても誰も助けてくれない。
5)取り組んだらすぐ放せ。馬鹿にされても放せ、火傷をする前に…。
6)周囲を引きずり回すな。引きずっている間に、いつの間にか皆の鼻つまみ者になる。
7)計画を持つな。長期の計画を持つと、怒りと苛立ちと、そして空しい失望と倦怠が生まれる。
8)自信を持つな。自信を持つから君の仕事は煙たがられ嫌がられ、そしてついには誰からも相手にされなくなる。
9)頭は常に全回転。八方に気を配って、一分の真実も語ってはならぬ。ゴマスリとはそのようなものだ。
10)摩擦を恐れよ。摩擦はトラブルの母、減点の肥料だ。でないと君は築地のドンキホーテになる。(裏十則)( 電通鬼十則と裏十則)
僕のブログは常に、読んだ本や資料から何かを学ぼうとして書いている。批判記事をいくら書いていても、しょせん一歩も前に進めない。学んで身につければ、それを材料にまた一歩、知識を深めることができる。テレビを批判する気持ちはわかる。でも、批判した言葉などは、一瞬で消えてしまうし、嫌な印象しか残らない。それより、そこから何を学ぶかが大切なのである。短い人生だ。より価値的に知識を学びたいものである。

テレビが作った「考えない人」で「民度」という言葉を紹介した。

広辞苑には
民度」 人民の貧富または開明の程度。
と書かれている。簡単に言えば「その国の民衆の文明がどれほどのものか」というバロメーターだ。民度が高い、民度が低いというふうに使われる。その民度を見るにはその国のメディアの様子を知ればいい。民衆は、何を求めているかがそのまま現れるのがメディアである。つまり、民衆の姿がそのまま映った鏡なのだ。 (テレビが作った「考えない人」)
したがって、テレビのツィッターを見れば、日本人の民度の低さがそこにちゃんと表れている。
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「楽観バイアス」と黒澤明「生きものの記録」

ためしてガッテン!の「楽観バイアス」

年末から新年にわたってWOWOWで黒澤明の全作品30本が放送される。夏にも放送されて何本か録画した。その中で12月30日に放送される「生きものの記録」をとりあげてみたい。この作品は、黒澤作品でも無名に近くほとんど知られていない。しかし、前項「強いアメリカと強い日本」で取り上げた脱原発はなぜ選挙の争点にならなかったかにも共通する部分があったのだ。さらに、昨日放送された、ためしてガッテン!のこれだ!快感防災テクで取り上げられた「楽観バイアス」の話もヒントとなった。「楽観バイアス」とは、
「人間は自分の命を脅かす」情報を与えられても、身を守る行動には繋がらないということ。これには「楽観バイアス」という人間特有の心の作用が影響しているものと考えられます。人間は自らの行動性を高めるために、自分が死ぬ姿をうまく想像することができない特性を持っており、そのために地震の被害の情報を与えられても、それを自分のこととして、うまく認識できないのです。怖い映像を見た直後は対策の必要性を感じても、数日後には、その意識が薄まってしまうのは、この心理の影響と考えられます。(ショック!怖い思いをしても地震対策が進まない)
人間はこの楽観バイアスがないと、絶えず心配が先に立って生きていくことができなくなってしまう。この楽観バイアスのない人間を描いているのが、黒澤明の「生きものの記録」であった。

黒澤明「生きものの記録」

そのストーリーはこうである。
都内に鋳物工場を経営しかなりの財産を持つ中島喜一は、妻とよとの間に、よし、一郎、二郎、すえの二男二女がある、ほか二人の妾とその子供、それにもう一人の妾腹の子の月々の面倒までみている。その喜一は原水爆弾とその放射能に対して被害妾想に陥り、地球上で安全な土地はもはや南米しかないとして近親者全員のブラジル移住を計画、全財産を抛ってもそれを断行しようとしていた

一郎たちはこの際喜一を放置しておいたら、本人の喜一だけでなく近親者全部の生活も破壊されるおそれがあるとして、家庭裁判所に対し、家族一同によって喜一を準禁治産者とする申立てを申請した。家庭裁判所参与員の歯科医原田は「死ぬのはやむをえん、だが殺されるのはいやだ」という喜一の言葉に強く心をうたれるのだった。

その後もブラジル行きの計画を実行していく喜一に慌てた息子たちの申請により、予定より早く第二回の裁判が開かれた。その結果、申立人側の要求通り喜一の準禁治産を認めることになった。喜一の計画は、この裁定にあって挫折してしまった。

極度の神経衰弱と疲労で喜一は昏倒した。近親者の間では万一の場合を考えて、中島家の財産をめぐる暗闘が始まった。その夜半、意識を回復した喜一は工場さえなければ皆も一緒にブラジルへ行ってくれると考え、工場に火を放った。灰燼に帰した工場の焼け跡に立った彼の髪の毛は一晩の中に真白になっていた。

数日後、精神病院に収容された喜一を原田が見舞いに行くと、彼は見ちがえるほど澄み切った明るい顔で鉄格子の病室に坐っていた。地球を脱出して安全な病室に逃れたと思い込んでいる喜一を前にして原田は言葉もなく立ちつくすのであった。彼の気が狂っているのか、それとも恐ろしい原水爆の製造に狂奔する現代の世界が狂っているのか。(KINENOTE『生きものの記録』)

この主人公中島喜一を演じるのは三船敏郎、歯科医の原田を演じるのは志村喬である。広島・長崎に原爆が投下されて10年後の1955年に製作されている。生きものの記録のWikipediaの評価にこう書いてある。
この映画のみどころは、三船敏郎演ずる老人が日本の状況に危機感を持ち行動を起こすが、日常の生活を優先する家族に締め上げられ次第に狂っていく綿密な描写にある。

『あらかじめ分かっている問題にどうして対処しようとしないのか』というのがテーマとなっている。映画監督の大島渚は鉄棒で頭を殴られたような衝撃を受けたとしており、徳川夢声は、黒澤に対して「この映画を撮ったんだから、君はもういつ死んでもいいよ」と激賞したという。また映画評論家の佐藤忠男は「黒澤作品の中でも問題作」と述べている。

しかし、脚本家の橋本忍の回想によると「生きる」「七人の侍」の大ヒットに続いた作品にもかかわらず、記録的な不入りで興行失敗に終わった。その原因を、脚本作りのミスと、原爆という扱いづらいテーマを取り扱ってしまったことによる、と橋本は分析している。

鈴木敏夫は本作について「震災後に改めて観ると、以前にくらべて「受け取る印象がこうも違うのか」と思いましたし、すごくリアリティがあった。黒澤っていう人は面白いなと、つくづく思いましたね。」「今観ると言いたいこともはっきりしているからすごくリアリティがあって。多くの人に、今観てほしい作品です。」「黒澤監督は、関東大震災を目の当たりにしているそうなんですね。たくさんの瓦礫と人の死が自分の記憶の底に残った、と著書に書いていて、そういう意味でも戦争や核の問題に対して敏感だったんでしょう。昔観たときは、『生きものの記録』はむしろ「喜劇映画かよ」っていう印象でしたが、震災を経ることによって、黒澤監督が作品に込めた考えが、やっと伝わってきたような気がしています。」と日本映画専門チャンネルでの岩井俊二との対談で述べている。(生きものの記録-Wikipedia)

『あらかじめ分かっている問題にどうして対処しようとしないのか』というテーマこそが、「楽観バイアス」そのもののことだった。

今回の投票で危機感を持って「脱原発」を考えていたなら、今回のような投票結果は出なかったかもしれない。自分にはこんな事故は起こらないという「楽観バイアス」が投票行動に結びついた可能性があるからだ。一方で、「楽観バイアス」が動かなかったら、世の中はもっと暗くなっているし、中島喜一は世間に不安を広める終末教の教祖になっていただろう。

さらに広く考えれば、原水爆製造者たちに自分は大丈夫という「楽観バイアス」があったからこそ作れたのだろうし、銃の製造にも「楽観バイアス」があるから作れたのだと思う。ともかく「楽観バイアス」は人間の生死に大きな影を落としている。
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強いアメリカと強い日本

脱原発はなぜ選挙の争点にならなかったか

わずか1年9か月前に起きた東日本大震災福島原発事故は私たち日本人に、大きな苦痛をもたらした。地震と原発が重なった時、これほどの被害が及ぶとは思いもしなかったはずだ。ところが、総選挙の争点にはならなかった。脱原発を主張した民主・共産・未来・社民の議席を大きく減らしてしまったからだ。これはなぜだろうか。

一つは、日本から原発を減らすことが大変な時間がかかることを知ったからだ。野党の言う即時撤廃の主張には何の計画性もなかった。民主党マニフェストが信頼できない今、政治家の語る言葉が嘘のように思え、意味を失った。そのため、政治家を信じられない国民は投票所に行かず、大きく投票率を落とした。無党派層が投票に行かないと、結局少なくとも実績のある自民党が票を伸ばさざるを得なくなった。

一方で、自民党の安倍総裁の憲法改正の意見が気になる。それにブレーキをかけるためには、連立を組む公明党に入れざるを得なかった。積極的に自公に票を入れたわけではない。消極的な投票の結果だった。

さて、安倍総裁は、自衛隊を国防軍と名前を変えて、他の国々と同じような軍隊にしようという。憲法で「戦力を持たない」と規定された自衛隊を「戦力を持つ」軍隊にする。自民党の考えでは、おそらく日本国憲法は、アメリカの押し付けた憲法であり、敗戦の時のペナルティだと考えているのだろう。今までのアメリカに守ってもらう「弱い日本」ではなく、普通の国と同じ「強い日本」にすること、それが自民党の考える悲願である。

自助に徹するアメリカの強さ

アメリカもまた「強いアメリカ」がテーマである。世界の警察官と言われるほど、世界中のいたるところに米軍を派遣している。しかし、それでも、なかなか世界から戦争が終わらないのは、この「強いアメリカ」がかえって他の国の戦争意欲をあおっているためではないか。北朝鮮も中近東もアメリカを目の敵にするのは、アメリカをねじ伏せれば彼らの目的が達成できるからだ。

しかも、国内では、毎年のように、銃乱射事件が続発している。今回も小学校で26人もの命が失われた。日本人から見れば、銃を規制すればと考えるが、アメリカではこのような考え方が通用しない。僕は、アメリカ乱射事件とアメリカの正義でこう書いている。

家族を守るために武器を持って戦うというのは、理解できるだろう。その論理を拡大していけば「正戦の論理」となる。自分の国を脅かす国家がある。その国家を排除すれば自分たちの平和を築くことができるのだという論理である。ただ、相手の国には相当の兵器があるとすれば、対抗上自分の国の軍備も増強しなければいけない。そうでなければわざわざ死にに行くようなものであるからだ。
アメリカでは自分の家族を守るためには武器を持つ権利があると説く。これは、家族一つ一つが国家のようなものである。隣の家の武器が強力になれば対抗上、より強力な武器を持たなければならない。(アメリカ乱射事件とアメリカの正義)
したがって、銃乱射事件に答えるアメリカの下院議員が、
「校長がM4ライフルを持ってればよかったのに」 (NAVERまとめ)
と答えるありさまだ。結局、アメリカでは、銃を規制する法律をそれほど信じてないのだろう。もし、できたとしても、これほど普及してしまった銃の前では法律など無力だと思っているのだ。なぜなら、平気でルールを破るジャック・バウアー(ジャック・バウアー的アメリカ正義論)や、家族のためなら仲間を裏切るジャック・バウアー(ジャック・バウアー的家族論)に喝采を送る国民性だからだ。

したがって、「強いアメリカ」の根本には、自分を助けるのは自分しかないという「自助」の意識が大変強い。実際、平気で国際ルールを破るならず者国家の前では、アメリカの強大な戦力が必要なのだ。その点で考えると、安倍氏の「強い日本」などは、憲法というルールにこだわっている点で「自助」の意識が大変弱いというしかない。まあ、それが正しいかどうかはまた別の話であるが。
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失敗の中からしか希望は生まれない

パンドラの箱の伝説を知っているだろうか。パンドラのWikipediaにはこう書いてある。

プロメーテウスが天界から火を盗んで人類に与えた事に怒ったゼウスは、人類に災いをもたらすために「女性」というものを作るよう神々に命令したという。

ヘーシオドス『仕事と日』によればヘーパイストスは泥から彼女の形をつくり、神々はあらゆる贈り物(=パンドーラー)を与えた。アテーナーからは機織や女のすべき仕事の能力を、アプロディーテーからは男を苦悩させる魅力を、ヘルメースからは犬のように恥知らずで狡猾な心を与えられた。そして、神々は最後に彼女に決して開けてはいけないと言い含めて箱(壺ともいわれる 詳細は後述)を持たせ、エピメーテウスの元へ送り込んだ。ヘーシオドスは『神統記』においてもパンドーラーについて触れ、神々からつかわされた女というものがいかに男たちの災いとなっているか熱弁している。

美しいパンドーラーを見たエピメーテウスは、兄であるプロメーテウスの「ゼウスからの贈り物は受け取るな」という忠告にもかかわらず、彼女と結婚した。そして、ある日パンドーラーは好奇心に負けて箱を開いてしまう。すると、そこから様々な災い(エリスやニュクスの子供たち、疫病、悲嘆、欠乏、犯罪などなど)が飛び出した。しかし、「ελπις」(エルピス)のみは縁の下に残って出て行かず、パンドーラーはその箱を閉めてしまった。こうして世界には災厄が満ち人々は苦しむことになった。ヘーシオドスは、「かくてゼウスの御心からは逃れがたし」という難解な言葉をもってこの話を締めくくる。

バブリウス『寓話』は、これとは違った物語を説く。パンドーラーは神々からの祝福が詰まった箱を与えられる。しかしエピメーテウスがこの箱を開けてしまう。祝福は飛び去ってしまったが、ただエルピスだけは残って「逃げてしまった良きものを我々に約束した」という。

この神話から、「開けてはいけないもの」、「禍いをもたらすために触れてはいけないもの」を意味する慣用句として「パンドラの箱」という言葉が生まれた。パンドーラーはその後、エピメーテウスと、娘ピュラーと、ピュラーと結婚したデウカリオーンと共に大洪水を生き残り、デウカリオーンとピュラーはギリシア人の祖といわれるヘレーンをもうけた。
(パンドーラー-Wikipedia)

パンドラの箱に入っていたものは、災厄か、祝福か。また残ったエルピスとは何か。太宰治の「パンドラの匣」では、
君はギリシャ神話の「パンドラの匣」という物語をご存知だろう。あけてはならぬ匣 ( はこ ) をあけたばかりに、病苦、悲哀、嫉妬、貪欲、猜疑、陰険、飢餓、憎悪など、あらゆる不吉の虫が這い出し、空を覆ってぶんぶん飛び廻り、それ以来、人間は永遠に不幸に悶えなければならなくなったが、しかし、その匣の隅に、けし粒ほどの小さい光る石が残っていて、その石に幽 ( かす ) かに「希望」という字が書かれていたという話。(太宰治著「パンドラの匣」新潮文庫)
このエピソードを災厄の詰まった箱だと解すると、そのような危険なものは初めから手を触れるなと考えることもできるし、あらゆる災厄を乗り越えなければ希望は手に入らないと考えることもできる。

また、こうも考えることができるのではないか。災厄とは、膨大な数の失敗であり、エルピスはようやく手に入れた成功である。失敗学の畑村洋太郎氏は、

私の経験からいって、何か新しいことや未知な分野に挑戦しようとすると、99.7%は失敗します。そう考えると、物事がうまくいく確率は0.3%。日本に昔から“千三つ”という言葉があって、「何かの賭けをしたとき、うまくゆくのは千に三つぐらいしかない」という手意味で使われてきましたが、私の経験からすると、新たに挑戦したことが成功する確率もまさに“千三つ”です。この成功率の低さに怖じ気づいて、目をつぶり、根拠のない楽観をするのでは失敗学は始まりません。この成功確率の低さを十分に認識し、失敗に真正面から取り組む覚悟を決めなければいけないのです。(畑村洋太郎著「決定版 失敗学の法則」文藝春秋)( 成功と失敗のセレンディピティとニワトリ会議)
つまり、希望を手に入れる確率はわずか0.3%しかないということになる。ベストセラー本の半分は、ダイエット本なのだそうだ。その次に売れるのがハウツー本。これらの中身を一言で言えば、いかに失敗しないで成功するかが書かれている。だが、この考え方は根本的に間違っている。ハウツー本に頼った人間が何万人いようと、その成功率は結局0.3%である。むしろ、誰かがその道を通ったのだから、かえって成功率は落ちているとも考えられる。言い換えれば、誰かの通った道よりも、誰も通らなかった道の方が成功率が高いとも考えられるのだ。試験が近いと、ポイントが書かれた参考書が売れる。これだって、ハウツー本と同じである。そのような本に頼っていると、自分の頭で考えることをしなくなる。できるだけ多くの失敗をして、誰も考えたことのない方法を編み出した方が希望への道は近いはずだ。
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