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PS3のCellが、なぜ日本のスパコンにならないか理由を調べてみた

米空軍がPS3を2200台調達の記事から

 こんな記事があった。
アメリカ空軍、2200台のPS3を購入予定。軍内部のシステム開発や研究目的に

アメリカ空軍は、研究用のスーパーコンピューターを製作する目的で、2200台ものPS3本体を購入するそうです。連邦政府のウェブサイトに掲載された資料から明らかになりました。
ニューヨークに位置する空軍の研究施設には、既に336台のPS3本体がコンピューター・クラスターとして設置されているそうですが、今回新たに買い付ける2200台のPS3もそのシステムの一部として追加されるとのこと。

米空軍はPS3のCell Broadband Engineの設計を基にした軍内部専用のソフトウェアを開発中で、特殊なレーダーのイメージ、高度な映像処理、神経形態学的システム、脳をシミュレートするコンピューターなどがクラスターを使ってテストされているということです

 このPS3は最近発売された薄型のPS3ではないらしい。PS3 LinuxでCellプログラミング!というブログでは、
米空軍がPS3ベースのスパコン増強でPS3を2200台追加購入

今回購入されるPS3はアメリカで発売されている160GB版の旧型PS3(CECHP01)です。薄型PS3はLinuxをインストールできないので、ちゃんと旧型が選択されています。
しかし、2200台も旧型の在庫あるんでしょうか?
在庫があるなら一般のPS3 Linuxユーザーに分けて欲しいです。
というか空軍さん、貴重な旧型PS3を買い占めないでください
Sony PlayStation 3 Game Consoles - Federal Business Opportunities:
これまでの研究内容としては、複数のレイダー画像を高精細合成画像に変換する技術(合成開口レイダー画像作成)の試験、高精細動画処理、脳に似た特性を持つコンピュータである神経形態学的電算(neuromorphic computing)などがあるそうです。
このシステム増強により、使用PS3は合計2536台になるので、このシステムの理論性能は153.6GFLOPS(PS3 Linuxでは6SPUなので)×2536÷1000=389.5TFLOPS(単精度)となります
(PPEにも演算させればもう少し増えます)
単精度のスパコンでも活用できる分野は結構あるもんですね。
逆に「単精度や整数で何ができるか」を考えることからスタートしてみれば、今までにない切り口の研究が行えるかも知れませんね。

とある。PS3は、SCE、東芝、IBMの共同開発だが、IBMは、このPS3のCellを搭載したスパコン「Roadrunner」が2008年6月から3期連続で世界最速になっている。
Roadrunner(ロードランナー)とは、ニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所に設置された、アメリカ合衆国エネルギー省が保有するスーパーコンピューターの一つ。1億3300万アメリカ合衆国ドル(2009年末の円-ドル外国為替相場の換算で118億円程度)でIBMによって構築された。

2008年6月のTOP500ランキングにおいて、2位の「Blue Gene/L」(478.2TFLOPS)を大きく引き離す1.026PFLOPSを記録した。理研のMDGRAPE-3がLINPACKに参加していないため、2008年6月から2009年11月までTOP500ランキングにおいて1位であった

米エネルギー省は、現在備蓄している核兵器を安全・確実に保持する核兵器保全管理計画を進めており、核兵器の安全性・信頼性評価シミュレーションを目的としてRoadrunnerの建設に着手した。その他にも、天文学、遺伝子、気候変動の解析などを利用目的としている。 1.8GHzデュアルコアOpteron6,912個と、浮動小数点演算を強化したCell/B.E.アーキテクチャのプロセッサPowerXCell 8i 12,960個を用い、MDGRAPE-3に続き世界で2番目に(LINPACKを動作させられるスパコンとしては世界で初めて)1PFLOPSに到達したコンピューターである。(Roadrunner-Wikipedia)

 つまり、IBMが日本企業であれば、十分スパコン世界一位になれたはずである。そこで、久夛良木氏が、なぜIBMを選んだのか調べてみることにした。

IBMを選んだ理由

 日経エレクトロニクスに「久多良木氏がIBMを選んだ真の理由とは」という記事がある。
 Cellの実現にあたり,IBM社の二つの技術が大きく貢献しています。1つは半導体技術「SOI」(silicon on insulator)です(SOIとは)。これは動作周波数の向上あるいは消費電力の低減に効果のある技術で,IBM社はSOIの実用化で定評があります。Cellが高速に動作するのも,SOIがあればこそです。IBM社が貢献したもう1つの技術はPower型CPUコアです。IBM社は,スクラッチからPower型CPUコアを設計し直し,4GHzでの動作を達成しました。

 ところがIBM社と組んだ理由を久多良木健氏に尋ねると,こんな答えが返ってきました。「SOIとかPower型とか,それは本質じゃない。確かに,その2つの技術はCellを実現する上で重要ですが,本当に僕が欲しかったのは,コンピュータの歴史を変えようという強い意志を共有できるパートナー」だったそうです。

 この「コンピュータの歴史を変えようという強い意志を共有できるパートナー」というのがもう一つわからない。そこで、「美学vs.実利「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史」(西田宗千佳著/講談社BIZ)から引用してみる。
これまでの常識を塗り替えるコンピュータを作るのだから、世界最高の技術を結集するのは当然のこと」と久夛良木は話すが、真意はもう少し込み入っている。

 久夛良木には、PS3向けプロセッサを、PS3だけの存在で終わらせるつもりはなかった。これからのAV家電は、すべて高性能なコンピュータを軸に作られることになる。高性能なプロセッサは、家電のみならず、あらゆるところで必要とされている技術だ。特に久夛良木が不満に思っていたのは、ネットワーク上で、さまざまなサービスを提供するための「サーバー」の能力である。

(中略)

今後、映像配信や「ネットワーク世界」の構築を実現するなら、猛烈に速いサーバーを作れる技術が必要になるのは間違いなかった。

 そこで、久夛良木が白羽の矢を立てたのがIBMである。IBMは、スーパーコンピュータやサーバー構築技術において、ソフトの面でもハードの面でも、世界屈指の技術を持っている。彼らを引き込むことで、次世代PS向けプロセッサの世界を、大きく広げることが出来るだろうと考えたわけである。(西田宗千佳著「美学vs.実利「チーム久夛良木」対任天堂の総力戦15年史」講談社BIZ

ただ、Cell技術をAV家電に活用しようとしているのは、東芝だけであり、ソニーにはない。それは2007年9月の記事に、
ソニー、PS3の「セル」生産撤退 東芝に売却へ

 ソニーが、ゲーム機のプレイステーション3(PS3)の心臓部に使う「セル」など最先端半導体の生産から事実上撤退し、その製造設備はセルを共同開発した東芝に来春にも売却する方向で交渉していることがわかった。売却額は1000億円程度とみられる。ソニーはセルの新たな用途に展望が持てず、多額の生産投資を回収しきれないと判断した

 東芝は今も、Cellレグザなど、積極的にCell技術を使った商品を発表しているし、IBMも同様である。ところが、ソニーは、SCEを除いては、ソニー本体では持て余している。久夛良木氏の立場が、ソニーからいかに浮いていたかがそこに見て取れる。久夛良木氏はソニーには、「コンピュータの歴史を変えようという強い意志を共有できるパートナー」がいなかったのだ。

 思い出すのは、「昔のソニーには猛獣がたくさんいたし猛獣使いもたくさんいた」の久夛良木氏の言葉である。

 今、僕は世の中がリスクをとらない風潮に向かっていることをすごく心配している。産業界に共通してリスクをとらずに、確実に利益をとりにいく風潮があるよね。例えば、かつてのソニーは、失敗を恐れずにどんどん挑戦した。大きな失敗もいろいろとしたけど、いろんな挑戦の中からキラッと光るものが生まれた。挑戦をやめたら、進化は止まるし、未来はつくれない。僕のSCEでの人生は、未来への挑戦の歴史だと思う。リスクを背負って、果敢に挑戦してきたつもり、SCEを離れた後も、そういう僕の生きかたは変わらない。

(中略)昔のソニーには社内に猛獣がたくさんいてね、だから活気があって、面白かったんだろうなあ。お世話になった先輩たちがよく言うんだよね、昔のソニーには猛獣がたくさんいたし、猛獣使いもたくさんいたと。猛獣の僕がこんなこと言うのも変なんだけど。(週刊東洋経済2007/5/19号「僕がやめる本当の理由を語ろう」)

 これは、スパコン開発でも同じことが言えるのではないだろうか。「コンピュータの歴史を変えようという強い意志を共有できるパートナー」は、久夛良木氏の熱さに惹かれていたため、Cellを世界一のスパコンに成長させることが出来た。もちろん、IBM久夛良木氏の期待する技術を持っていたのであり、この両者が見事にマッチしたから世界一のスパコンが出来たのである。日本のスパコンはいつの間にか、そのような熱いパワーを持つ人もなく、リスクをとらず国の予算さえつけばいいという官僚主義の食い物にされてしまったのではないかと思う。
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