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素人だから言えることもある

「衰退の五段階」を読む

ようやく、図書館から「ビジョナリーカンパニー3衰退の五段階」を借りることができた。実は、この本については、昨年の11月、藤代氏のブログを引用した「朝日新聞は、今、何を考えているか・3(ホームサーバの戦い・第79章) 」で、この本の話があったからだ。

朝日新聞は、携帯電話向け情報サイト「 参考ピープル」、CNETJapanの買収、有料コンテンツ事業の「Astand」(WEBRONZA+、法と経済のジャーナル、WEB新書などがある)、凸版印刷やソニーと組んだ電子書籍配信事業に関する会社に取り組んでいます。社内の人に聞いても、記事に書いてあるトーンはあるようで、ネットに異常に期待している節すらあるようです。

これはジェームズ・C. コリンズの「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」の4段階「一発逆転の追求」にあるのではないかと。

五段階は 第1段階:成功から生まれる傲慢、第2段階:規律なき拡大路線、第3段階:リスクと問題の否認、第4段階:一発逆転の追求、第5段階:屈服と凡庸な企業への転落か消滅、となっています。(ガ島通信-朝日新聞は衰退の4段階「一発逆転の追求」か)

僕は、このブログを一種のスクラップブックとして考えている。現在、活用できなくても、将来、このエントリーを使って展開できるかもしれない。ガ島通信では項目が羅列されているだけなので、詳しくはわからない。本を手に入れて、初めてわかることが多い。

第一段階:成功から生まれる傲慢

偉大な企業は成功のために現実の厳しさから隔離されうる。勢いがついているので、経営者がまずい決定を下すか、規律を失っても、企業はしばらく前進できる。

第一段階が始まるのは、人々が高慢になり、成功を続けるのは自分たちの当然の権利であるかのように考えるようになり、当初に成功をもたらしてきた真の基礎的要因を見失ったときである。

成功を当然視する見方(「われわれが成功を収めているのは、これこれのことをしているからだ」)が深い理解と見識(「われわれが成功を収めているのは、これこれのことをする理由と、それが通用しなくなる条件を理解しているからだ」)に置き換えられたとき、やがて衰退がはじまる可能性が極めて高くなる。

成功したときには運と偶然が関与した場合が多いが、運が良かった可能性を認識せず、自分たちの長所と能力を過大評価する人は、傲慢に陥っているのである。(ジェームズ・C. コリンズ著/山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」日経BP社)P47

運や偶然までを自分の実力かのように勘違いして傲慢になることは理解できる。

ただ、この文章の「成功を当然視する見方(「われわれが成功を収めているのは、これこれのことをしているからだ」)が深い理解と見識(「われわれが成功を収めているのは、これこれのことをする理由と、それが通用しなくなる条件を理解しているからだ」)に置き換えられたとき」という言葉がもう一つ分かりにくい。言葉が長すぎてややこしいし、どちらに重点を置いているのかもわかりにくい。

何となぜの混同

本文P71に、「何となぜの混同」というところがあり、

偉大な芸術家が不朽の質の高さと衝撃的な創造性を共に追求するように、偉大な企業は継続性と変化の間に生まれる生産的な緊張を大切にする。一方では当初の成功をもたらした原則を維持するが、他方では常に進化し、創造的な改善と知的な適応によって手法を変えていく。

(中略)

企業はその時点の慣行にすぎないものと、永続的な成功の原則とを混同し、慣行を墨守して変化を拒否する過ちに陥ったとき、衰退への道を歩むことになる。(ジェームズ・C. コリンズ著/山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」日経BP社)P71
慣行を遵守するあまり、変革をすべき時に変革を恐れることになりかねない。それはまた、成功の原則を本当に理解していないことでもある。だからこそ、企業が成功し、巨大化すればするほど、変革への抵抗は強くなる。

P73に要点として

ここでの要点は、「変革しなかったら衰退した」というような単純なものではない。 衰退の後の段階でみていくように、一貫した根拠がないままたえず変革を続けた企業も、まったく変革しなかった企業と変わらぬほど確実に衰退している。具体的な慣行と戦略を遵守すること自体は、本質的に間違っているわけではない(偉大な企業は時代を超えて、驚くほどの一貫性を維持しているのだから)。しかし、これらの慣行の背後にある理由を理解し、維持すべき時期と変えるべき時期を判断できなければならない。 (ジェームズ・C. コリンズ著/山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」日経BP社)P73
この「慣行の背後にある理由を理解し、維持すべき時期と変えるべき時期を判断」することは大変困難だ。むしろ、そういう判断を先延ばしになることで、変化の時機を逸してしまう。

ものを知っている人間とものを学ぶ人間
われわれが調査した優れた企業指導者は好奇心旺盛な科学者のように、自分の仕事について学ぶ姿勢をとり続けており、なぜ、なぜ、なぜと執拗に質問を浴びせ、あった人から知識を吸収し尽くしたいという御しがたい衝動を持っている。

ものを知っている人間は(「これがうまくいく理由はすべて分かっているので、説明させてもらおう」)、ものを学ぶ人間と基本的に違っている

「ものを知っている人間」は二つの方法で会社を衰退の道に導きうる。

第一に、具体的な慣行について独断的になりうる(「われわれはこれこれを行っているので成功していることが分かっている。疑問をもつ理由はない」)。

第二に、当初の成功をもたらした要因が通用しない事業に進出するか、通用しない規模にまで拡大して、拡張しすぎになりうる(「われわれはこれほどの成功を収めてきたのだから、大きな賭や、大幅な成長、興奮を呼ぶ新規事業への大飛躍が可能だ」)。(ジェームズ・C. コリンズ著/山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」日経BP社)P76

ものを知っている人間はすでに成功体験を持っており、ものを学ぶ人間の疑問をはねつける。どうしてもものを知っている人間の独断専行になりやすく、変革のタイミングを失する。

第二段階:規律なき拡大路線

第一段階の傲慢(「われわれは偉大であり、何でもできる」)から直接に生まれるのが第二段階の規律なき拡大路線である。規模を拡大し、成長率を高め、世間の評価を高めるなど、経営陣が「成功」の指標だとみるものはなんでも貪欲に追求する。

第二段階の企業は当初に偉大さをもたらしてきた規律ある創造性から逸脱し、偉大な実績を上げられない分野に規律なき形で進出するか、卓越性を維持しながら達成できる以上のペースで成長するか、この両者を同時に行う。

組織の成長が速すぎるために、主要なポストに適切な人材を配置することができなくなったときには、衰退への道を歩みはじめている。自己満足と変化への抵抗は成功を収めているどの企業にとっても危険だが、強大な企業がいかに衰退するかをあらわすには、「拡張しすぎ」の方が適切である。(ジェームズ・C. コリンズ著/山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」日経BP社)P47

企業が大きくなれば、ポストが増えるのは当然なことである。著者は、衰退する企業の特徴として、こんなことを書いている。
不適切な人材と適切な人材の違いで特に目立つ点の一つは、不適切な人材が自分はこれこれの「肩書き」をもっていると考えるのに対して、適切な人材が自分はこれこれに「責任」を負っていると考えることである。

主要なポストにある人はみな、「どのような仕事をしているのですか」と質問されたとき、肩書きをあげるのではなく、個人として負っている責任をあげて答えられなければならない。「わたしはこれとこれに対して最終責任を負っている。前後左右を見渡しても、他に最終責任を負っている人はいない。そしてわたしは、この責任を引き受ける」。

われわれの研究所で企業幹部の訪問を受けたとき、わたしは冒頭で、肩書きを使わず、何に責任を負っているのかを明確にする形で自己紹介するよう求めることがある。苦もなく答える人もいるが、規律の文化を失っている企業(あるいは、まだ築いていない企業)の幹部は、この質問に答えるのが極端に難しいことに気づく。(ジェームズ・C. コリンズ著/山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」日経BP社)P103

日本企業で肩書きでなく、自分が何に責任を負っているかを言える人はまずいないだろう。なぜなら、現場に責任は与えられていないからである。本社や上司を通してしか何事も決定できない。そのため、他国の企業に比べて契約が遅れる。したがって、日本企業の大部分が、衰退の第二段階となる。

第三段階:リスクと問題の否認

企業が第三段階に移行すると、内部では警戒信号が積み重なってくるが、外見的には業績が充分に力強いことから、心配なデータを「うまく説明する」ことができるか、困難は「一時的」か「景気循環によるもの」か「それほど悪くないもの」であって、「基本的な問題はない」とほのめかせる。

この段階には指導者は悪いデータを小さくみせ、良いデータを強調し、曖昧なデータは良く解釈する。上に立つものは後退の原因として外部要因を指摘するようになり、自分で責任を引き受けようとはしない。

業績が好調だったときの経営陣は、事実に基づいて活発な議論を戦わせていたが、そうした議論は低調になるか、まったくみられなくなる。上に立つものが大きすぎるリスクをとって企業を危険にさらすか、リスクをとったときの結果を考えずに行動するようになると、第四段階に突入することになる。(ジェームズ・C. コリンズ著/山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」日経BP社)P49

日本で特徴的なのは、誰もリスクを取らないということだ。もともと、現場に責任がないので、管理職に責任が集中する。現場は、データを粉飾し、会議に送るが、管理職は管理職で責任を取ろうとしないので決済は先送りされる。現場と管理職の分断がそこに起こっているのだ。著者は下り坂の企業と登り坂企業の経営陣の行動様式として、こうまとめている。
下り坂企業の経営陣
・人々は権力を握る経営者に厳しい現実を伝えないようにする。厳しい現実を明らかにしたとき、批判され罰せられるのを恐れているからである。
・人々はデータや証拠、堅実な論拠を示すことなく、自説を強く主張する。
・指導者は主張に対する質問の比率がきわめて低く、悪い情報を避け、ずさんな論理や根拠を示さない主張を受け入れる。
・経営幹部は決定を黙認するが、決定を実行して成功に導くために団結することがないか、もっと悪い場合には、決定が下された後に失敗に導こうとする。
・経営幹部は自分自身の功績を最大限に主張しようとするが、他の経営幹部に信頼され賞賛されることがない。
・経営幹部は自らの優秀さを示すためか、自らの利益を増やすために主張し、全体の目的にとって最善の答えを見つけ出すために議論しようとはしない。
・経営陣は「非難のための解剖」を行い、教訓ではなく犯人を探し求める。
・経営陣は優れた業績を上げられないことが多いが、後退や誤りや失敗は他人や外部要因のためだと非難する。

上り坂企業の経営陣
・人々は不愉快な現実を指摘し、議論しようとする(「ここを見てください。本当に酷い」)。指導者は厳しい現実を指摘した部下を決して批判しない。
・人々はデータや証拠、論理、堅実な論拠をして議論にのぞむ。
・指導者はソクラテス型の問答を使い、主張に対する質問の比率高く、周囲に質問を浴びせて、深い意見を出すように求める。
・経営幹部は決定を下すまでは活発に反対意見を述べていても、決定が下された後は実行して成功に導くために団結して努力する。
・経営幹部は成功したのは他の人の功績だと主張するが、他の経営幹部に信頼され、賞賛される。
・経営幹部は議論し論争するが、自らの地位を高めることではなく、全体の目的にとって最善の答えを見つけ出すことを目標にする。
・経営陣は「非難を伴わない解剖」を行い、苦しい経験から教訓を引き出そうとする。
・経営陣はそれぞれ異例なほど優れた実績を上げるが、後退したときは各人が責任を全面的に認めて、失敗から学ぼうとする。(ジェームズ・C. コリンズ著/山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」日経BP社)P133

第四段階:一発逆転の追求

第三段階に出てきた問題とリスク・テークの失敗が積み重なって表面化し、企業の急激な衰退が誰の目にも明らかになる。

このとき決定的な問題は、指導者がどう対応するかである。一発逆転策にすがろうとするのであれば、第四段階に達しているのである。

一発逆転をもたらす「救世主」だとされるのは通常、ビジョンを掲げるカリスマ的な指導者、大胆だが実績のない戦略、抜本的な変革、劇的な企業文化の革命、大ヒット狙いの新製品、「ゲームを変える」買収など、さまざまな特効薬である。劇的な行動をとったとき、当初は業績が良くなったようにみえるかもしれないが、長続きしない。(ジェームズ・C. コリンズ著/山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」日経BP社)P50

著者は、第三段階と同じように、第四段階からさらに転落するか、復活するかについての行動基準を示している。
第四段階の典型であり、一層の衰退をもたらす行動
・関連性のない新技術、新市場、新規事業への飛躍など、検証されていない戦略に望みを託し、往々にして新戦略を喧伝する。
・「ゲームを変える」大型買収案件を探し(その際に、期待しているだけで未検証の「相乗効果」を根拠にすることが多く)、会社を一気に変えようとする。
・脅威に直面してパニックに陥り、資金の流出と財務力の一層の低下をもたらして経営危機を深化させかねない一か八かの行動をとる。
・抜本的な改革、革命の計画を実行に移し、会社のほぼすべての側面を変革するか覆し、基本的な強みを損なうか放棄する。
・業績の低迷を補うために、明るい未来を約束して売り込む。
・リストラや一貫性のない方針変更を繰り返して、勢いを破壊する。
・救世主になる指導者を求め、外部から乗り込んでビジョンを示し、会社を強化してくれる経営者を選ぼうとする。

第四段階の悪循環を反転させうる行動
・事実に基づき、徹底した戦略分析と定量分析に基づいて戦略を変更し、検証されていない大胆な飛躍は避ける。
・経営不振の二社が合併しても偉大な企業にはならないことを理解しており、実証済みの強みをさらに強化する戦略的買収だけを検討する。
・事実を把握し、考え、冷静に判断して行動し(あるいは行動しない方針をとり)、長期的に会社の存続を危うくしかねない行動は決してとらない。
・基本的な強みとして維持すべき点と変革が必要な点を明確にし、実証済みの強みを活かし、弱みをなくしていく。
・業績に焦点を当て、目に見える実績を積み重ねて、新しい方向の正しさを示す最強の証拠にする。
・優れた決定を見事に実行していき、成果を積み重ねて勢いを生み出す。
・規律ある経営幹部を求め、社内で実績を上げてきた人材を選ぼうとする。(ジェームズ・C. コリンズ著/山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」日経BP社)P154
ほとんどの企業の一発逆転策は失敗するが、例外もある。例えば、アップルである。1985年、スティーブジョブズは、アップルから追放されていた。
アップル社は倒産の危機に瀕しているように思えた。その株価は、1992年には1株当たり60ドルだったものが1996年末には、17ドルまで落ちていた。そうしている間にも、他のコンピュータ関連株の価格は、2倍から3倍に急激に上昇したというのに。 

会社の年間売り上げも、110億ドルから70億ドルへと転落していた。それに伴ってマーケットシェアも、優勝間違いなしの12%から入賞すらできない4%に落ちてしまった。その結果、前年は10億ドルの損失を出し、どうやらさらに数10億ドルを失いそうだった。

数年に渡り、歴代のCEOたち——まずジョン・スカリー、次にマイケル・スピンドラー——は、会社の売却を考えていた。売り先としては、大手の国際的な家電メーカーなど——フィリップス、シーメンス、コダック、AT&T、IBM、東芝、コンパック、ソニー——あたりをつけてはみたものの、買い手は見つからなかった。(アラン・デウッチマン著/大谷和利訳「スティーブ・ジョブズの再臨」毎日コミュニケーションズ) (ジョブズとソニー)

1997年にジョブズ氏は、アップルに復活した。そして、現代の快進撃を見ると、第四段階で否定されていたビジョンを掲げるカリスマ的な指導者も例外的にはいるものだなと思う。

第五段階:屈服と凡庸な企業への転落か消滅

第四段階が長引くほど、そして一発逆転狙いの方策に何度も頼るほど、悪循環に陥っていく可能性が高まる。

第五段階には、後退を繰り返し、巨費を投じた再建策がいずれも失敗に終わったことから、財務力が衰え、士気が低下して、経営者は偉大な将来を築く望みをすべて放棄する。

会社の身売りを決める場合もあり、衰退して凡庸な企業になる場合もある。極端な場合には企業が消滅する。(ジェームズ・C. コリンズ著/山岡洋一訳「ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階」日経BP社)P50

企業の衰退は、人間の衰退ではない。だが、五段階の衰退を見ていると、経営幹部や指導者など、経営トップの人間性が企業にそのまま表れることがわかった。経営トップの人間性の衰退が、企業の衰退とシンクロしているのである。人間ができていないトップの企業は、周りの経営幹部がおもねり、正確なデータが伝えられない。言い換えれば、部下を馬鹿にしている経営幹部は、部下から馬鹿にされても仕方がないし、発展することはない。逆にいえば、トップがその事実を知り、自分の人間性を改めれば、十分に復活することが可能なのである。
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